第87話


「……何故、だ?」


「レー、いい子だからー。テーもいい子」


 重々しく響く声の割には不思議そうな雰囲気が強い。


 本当に分からないのだろう、テトラのフォローが耳に痛い。


「まあ、あれですよ? 人の責? は人が負うべきっていうか、なんて言うか……」


 言葉尻に行くに連れて声が小さくなる。


 見つめられる迫力が半端ない。


 思わずゲロっちゃいそうだ……物理的に。


 偶々の偶然だと思うんだよ? 森に出た魔物なんて……字面だけ見ればなんの不思議があろう、冒険者にとっての日常。


 ただ場所が良くない。


 なんで村の奥……しかも普通なら魔物が出ないなんて言うのか?


 そんなのちょっと意識しちゃうじゃん? 森の魔物としては『……もしや?』って思っちゃうじゃん?


 噂が噂を呼んだ森の魔物。


 その存在の不確かさ故に、もはや気にする奴なんていなくなったもんだと思っていたのに……。


 正規の冒険者だって諦めて帰ったよ? しつこく粘着してんのは誰だよ!


「……そうか」


 ……注目を感じる。


 テトラの添え物という立ち位置だったモブを、初めてちゃんと目にしようとする蛇の注目を。


 これはバレたら食べられる、食べられちゃうぞ……。


 幸いなことに、テトラがお友達になった精霊は村在住のようで村の外の出来事までは把握していない。


 俺とターニャだけが知る秘密だ。


 墓まで持っていくことを決めた。


「……人というのは……愚かで、弱々しく……常に自らを貶める存在だと……思って、いた……」


「そんなことないよ?」


「……ああ……そのようだ……」


「レーねー、テーと遊んでくれるー。あとね、ヤサイも作れるし、アンと走ったりするー、たのしーよ?」


 最後のはどうだろう?


「…………人の罪を、人が雪ぐ……のなら……敢えて……必要も……無くなる」


 ……なんだ? 何を、誰に、伝えるって?


 何か――――思ったより大事な印象を受けたんだが?


「……まして……お前のような……歪な存在が……な……? ……世も……見棄てたるに……早い」


 …………え?


「うわ?!」


「おー」


 問い返す前に白い蛇が動き始めた。


 ゆっくりとした動きなので気遣ってはくれているんだろうけど、一言あってもいいと思う。


 ミィもそうだったが、なに? 精霊ってのはマイペースか? あれか? ターニャの眷族か何かか?


「あはは、レー、みてみてー? ビュンビュン」


 うん、結構風がモロだね。


 わざわざ手を広げて風を全身に浴びるテトラの背中に、倒れないように手を置いて、蛇が進む先を見つめる。


 どうやら陸地に向かっているらしい。


「……季節が……一巡りする程前……アレは、現れた……」


 ゆっくりと高度を落とし始めながら蛇が語る。


 恐らくは粘着している奴のことだろう。


「一年前か……」


「……不可思議で歪な……生き物ではなく、魔物でもない……しかし人の気配が……色濃い」


 …………うん?


「冒険者じゃないんですか?」


「……それが何か、我は知らぬ……しかし……生き物では……ない」


 人間ちゃうんかい?!


 ちょっと訳分かんないことを喋っていた偽冒険者が選択肢から消えた。


 さすがに、実は死者でした、なんてこともあるまい。


 ここに一人、微妙な奴がいますが。


 可能性は高く思えたから意外である。


 別の誰か……いや生き物じゃないってなんだよ? 一気に関係無さそうな話になっちゃったよ。


「……人が神の、真似事を……している……ように思える」


 どういうこと?


「……アレは、森に入り……精霊を狩り集め……始めた……此方側に、降りている幼子を……しかし融かすと……見失い、また探し……繰り返す……飲まず、食べず……生き物にあらず」


 …………え? そんなのの相手するんですか?


 というか話の流れ的に、この蛇でも排除が無理だったんだよね? なるほどー。


 あくまでサポートって形でいいですかね?


「……多分に魔を含んだ『土』故に……我と相性が悪く……言葉も届かず……今は、寝ているのか……動かぬ……」


 ……寝てる?


 生き物じゃないって話は……ああ、もういいや。


 なんかこの蛇の話し方ってよく分からん。


 話し合いでなんとか出来そうなら話し合いでもいいし。


 生き物じゃないって言うんなら、遠慮なく魔法をぶっ放してもいいだろう。


 この蛇に無理なら、俺にも無理だと思うけど……。


 努力したという形は見せておこう。


 誠意ね、誠意。


「レー、めっ! ってする?」


「おう。レーは悪い奴を見つけたら滅っ! ってするように言われて育ったから」


 だからテッドやチャノスにもするんだよぉ?


 どんどんと水面が近付いてくる。


 と、同時に陸地も近付く。


 進んでいるというよりか、体を曲げ伸ばししているだけなのだろう。


 ……なんて規模だよ。


「……アレを、我は封じている……この森の、一部で迷わせ……行くことも、戻ることも……出来ぬように、した……しかし生ある者ではなかった……故に……朽ちぬ」


 そろそろ森デビューも近いのに入り難くするようなこと言うのやめてくれます?


 迷わせるって……そんなことも出来んのかよ……万能だな、精霊。


 大蛇の鼻先が本物の陸地へと着いた。


「……ゆけ……雪いでみよ……」


「はーい」


「あ、テトラはお留守番で」


 どうも精霊達のテトラに対する態度は丁寧で、扱いも慎重なもののように感じられた。


 心配ぶりや敬愛の感情が言葉の端々から見え隠れしている。


 比べるのもどうかと思うが、池に落とされた俺とテトラではされてないようにすら思える。


 まるで同類であるかのよう。


 ――――もしくは、それ以上。


 預けることに別の意味での不安も生まれそうだが、少なくとも危険には晒されないだろう。


 テトラの意志を汲んでくれているみたいだし。


 それに、当初の予定通り……とはちょっと違うものになったけれど、荒事は概ね俺が引き受ける気でいたし。


 あとはジトッとした目で見つめ返してくるテトラを説得するだけである。


「……今度また一緒に料理を作ろう」


「わーい! わかったー、レー、いってらっしゃー」


 ……皆でね? 幼馴染、みーんなで。


 分け合おうじゃないか? なんせ俺達は幼馴染なんだから。


 埒外の傷を負いながら、一先ずは蛇から降りるべく陸地へと足を乗せると――――ガシャ、という随分と重々しい足音が響いた。


 …………俺の足音じゃないよね?


 ずぶ濡れなだけで、ここまで重々しい音が鳴るわけもなく――


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