第86話


「あの……それで……」


「『名付け』を止めよ……」


 それはもう分かったっつーんだよ。


 なんだこの蛇、ボケてんのか? ツッコめると思ったら大間違いやぞ? 怖すぎてノッちゃうぞ?


「ミ」


「……む」


 戦々恐々としながら前に進まない話にイライラもしていると、光る猫が大蛇の鼻先を叩いた。


 催促だろうか? 早くしろって? だとしたら気が合う。


 池ポチャに関しては不問にしてやろう。


「ミ、ミ、ミ」


「かわいー」


 ポフポフと肉球で大蛇の鼻先を叩き続けるミィ。


 その猫の頭を撫でるテトラ。


 恐らくは意思の疎通を測っているんだろうけど……テトラさん? 通訳してくれます?


 この沈黙と相まって非常に心臓に悪い。


「……しかし幼子だ」


 ポツリと呟いた大蛇、吐息の代わりなのか鼻息を吹き出して。


 大した動作じゃないのだが、その巨大さ故に被害も甚大。


 おかげで上に乗っている俺達は揺れる揺れる。


 ちょっと降ろして貰っていいかな? 生きた心地がしないから。


「ミ!」


 ガリッと鼻先に爪を立てる猫。


 なんらかの行き違いがあった模様。


 ちょっと帰らせて貰っていいかな? 生きた心地がしないから。


「……認められぬ」


「ミ! ミ!」


 ……ちょっと話が怪しくなってきてないか?


 どうも意見の食い違いがあるようで、契約取ってきた社員に上司が首を振っている雰囲気がある。


 もしくは駄々を捏ねる子供に言い聞かせる親の空気感。


 ようするに『返してきなさい』。


 もしそうなら乗るしかないんだけど……話の内容がハッキリしないことには入っていけない。


 少しのミスが命取りになりそうな気配がするので。


 ……本当、『俺が行けばなんとかなるっしょ?』とか思ってた昼間の俺を三倍で殴ってやりたい。


 こんなのどうにもならないでしょ? 大人しく正座してるしかないでしょ?


 唯一可能性があるとしたら、こいつらの会話が分かるテトラだけなわけで……。


 そう、頼りになるのはテトラだけ。


「ふふふ、ミィ、かわいーねー?」


 プリプリと怒っている猫のヒゲを引っ張って遊んでいるテトラだけ……。


 今度からテトラが無理を言ってきたら、全力で止めるようにしよう。


 …………それも生きて帰れたらの話なのだが。


「……生じたばかり……だからだ」


「ミ?! ミ、ミ? ミィーー?!」


「……それもまた流れ……沿う、だけ……」


「ミ! ミィー!」


 もう知らないとばかりにテトラの腕を掴み飛び立とうとするミィ。


 ――――いや待てぇ?


 ここが何処だと思ってんだ?


 フラフラと立ち上がるテトラの手を取って引き止める。


「ミ?!」


 あ、これは分かるぞ? 『なに?!』って感じだろ?


 いやお前が何すんだよ、怒って誤魔化すんじゃねぇよ。


「テトラを連れてくな。テトラは人間だぞ?」


 テトラを解放しろ、ってね? いやほんと。


 飛べるわけねぇだろ。


「ミ? ミ、ミィー?」


「あー……ミィ、ダメよー? レー、行っちゃダメって言ってるもん。レーが言うなら、テーは行かない」


「ミィ?!」


 いやいやなんで驚いてんだよ、付き合いの長さも深さもこっちのが上だわ。


 手酷い現実を突きつけられた子供のように、テトラを離して一目散に湖へと落ちていくミィ。


「泣いちゃった」


「よくあるよくある、テトラも俺が小屋に行かないと泣いてただろ? あれと一緒」


「テー、泣いてないもん!」


「嘘つけぇ、もうギャンギャン泣きながらフラフラフラフラしてたじゃん。ヘタリ込んで村中に響く大声出してたじゃん」


 そんなテトラを放置する幼馴染達だったじゃん? まだ眺めている大人達の方が心配そうにしてたのを覚えている。


「……もー!」


 珍しく頬を膨らませるテトラがポカポカと俺の 肩を叩く。


 これが幸せか……もう死んでもいい。


「……すまぬ」


 前言撤回だ。


 お願いだから殺さないで。


 テトラの空気に呑まれていたが、ここが何処で今が何時なのか思い出したよ。


「うーうん、いいよー」


 そんなことを笑顔で宣いながらも手は止めずポカポカし続けるテトラ。


 ポカポカって温かいの擬音だもの、きっと優しさが溢れてんだね?


 どうやら交渉は決裂してお役御免な気配だ。


 お暇する旨を切り出したいのだが、どうしよう?


 正直、時間に関してはタップリと余っている。


 そもそも朝日が昇る前に帰ることを計画していたので嬉しい誤算となった。


 案ずるより産むが易しってやつかな? これも俺の日頃の行いの賜物だろうか。


 品行方正な毎日の積み上げが、俺にお返しをしてくれているのだ。


「でもー、悪いの、めっ! しなくて……だいじょーぶ?」


 テトラテトラ、黙っときなさい。


「……うむ……どうにか、なろう……我等に手を出したのも……偶然」


 さすがは大蛇、言うことも大きいっすね? さ、帰ろうか? 出口はどこですか?


「……元より……狙いは、森に潜む……だった、ようだ……ここは聖域……魔物など……居らぬ、のにな…………」


 …………。


 うん? あれ? 精霊同士の仲裁をするって話だったのでは?


 ……だからテトラの能力が必要、って話じゃなかったっけ?


「……あのー? 精霊同士の内輪揉めかなんかなんですよね?」


「……何故、精霊の争いに……人を巻き込む……? ほとほと……不思議なことを言う」


 おやぁ?


 なんでかなぁ?


 …………凄い汗が出るんだけどぉ?


 話の断片を纏めると、精霊に手を出してる奴が居て? でも元々の狙いは森に潜む魔物で? しかし聖域故に魔物なんていなくて? 代わりに魔物と間違われて精霊が狙われている感じだ、と? ……へ、へー?


 通りで村に魔物がやってこないわけだ……セイイキ? すごいねー……。


「……人の気配……故に、責も人に求めた……しかし無垢な幼子を……巻き込んでまで、とは……思わぬ…………どう、した?」


「いや、暑い日が続くなぁって……」


「くちゅ!」


 テトラさん?


 何故ここでクシャミ。


「……ふむ……?」


 閉じられていた蛇の目が、再び開かれる。


 恐らくはテトラを心配してのものなのだろうけど……隣にいる俺にも当然視線が突き刺さるわけで。


 蛇に睨まれた蛙のような心境で身を固めてしまったのは、恐怖からか、心当たりからか……。


 テトラ案件だと思っていたらまさかの黒歴史俺案件というドンデン返し。


「あ、あの〜……よろしかったら私めがお手伝いさせて頂きたいなぁー……なんて? 微力ですが……」


 睨まれたら押されたらゲロっちゃう出ちゃう


 それが小心者の性なんだよ?


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