第85話


「ほし、ちかーい」


 星座とちゃうねん、正座やねん。


 無邪気に素敵を混ぜて型どった天使テトラは、大蛇の鼻先だというのに目の前に散らばる星屑の方に興味があるらしい。


 大した胆力だと思う。


 もはや土足もどうなのかと靴を脱いで正座するチンピラとは大違いだ。


 座って欲しいとの要請を受諾した妖精テトラは、しかし足を伸ばしてリラックスyo sey


 ちょっとした天体観測気分を味わっている。


 対する招かれざる客として湖に落とされた俺は、意気消沈というか息消沈。


 ちょっとした臨死体験気分を味わっている。


「ミィー?」


「あ、ミィーきたー」


 フワフワと昇ってきた猫型の精霊がテトラとの再会を喜び合う。


 その横で必死に取りなして欲しそうな一般人を置いて。


 これはうせやん、反則やん。


 チラリと視線を上げれば、何処に向けようとも金色に光る丸い何かにぶち当たる。


 月かな? 大きいね? 凄いね? 怖いね。


 バッチリと肉体があるのは今更である。


 上空何メートルなのかは分からないが、しっかりとした安心感が踏み締めた大地(?)からも感じ取れる。


 否応なく。


「……どう……した……?」


 どうしたもこうしたもねぇよ。


 ちょっと魔法が使えるからと調子ノッたんだよ、分かるか?


 魔法を使用して力の限り全力で殴ったからといってどうなんだ? ちょっとぐらいチクリとするかな?


 そんな巨体。


 もう巨体とか言ったら巨体に失礼な巨大さである。


 対比を表すのにビルやら橋やらの人工物を上げられない大きさだよ。


 まさに山が動くようなもの。


 デイダラボッチかな? そういえばあれも広義な意味じゃ精霊かな? そりゃ抗議するね、ええ勿論。


「……言葉が……通じぬ……か?」


「いや全然分かりますすいませんごめんなさいご気分が召されないようでしたらまた後日対談という形にしてもらっても全然構わないのでそうしましょうかそうしましょうテトラ! お暇しようか?!」


「う?」


「ミ?」


 無理無理無理無理、これは無理。


 まさにことわりが無ぇなんてもんじゃねぇだろ?! 少しはことわって! 断る! ってねハハーン?!


 もうずぶ濡れとかどうでもいいわ、水没したせいなのか止まらない汗のせいなのか分かんなくなってきてるから。


 目を合わせることを避けて湖の方を見れば、先程までは水平線だったというのに陸地が存在している。


 この蛇にしてみれば、なるほど。


 巨大な湖もちょっとしたプールぐらいの広さなのだろう。


「……話を……戻そう」


「あ、はい」


「はーい」


 そもそも何の話をしていたのかも、もう覚えていない。


 えっと、謝罪に来たんだっけ? ……ああ、仲裁だった、仲裁。


 再び蛇の片眼を見つめて思う。


 …………ちょっと、……無理かなぁ?


 これレベルの仲裁って何よ? そりゃ誰でも嫌がるよ、出来ないよ、ふざけんな。


 間に挟まって死ぬ未来まである。


 というかそれしか見えない。


「『名付け』を止めよ……」


 …………名付け?


 どうしよう、話の前後を覚えてないって言い辛いんだけど? しかも、お前の顔のインパクトで全部吹っ飛んだわ?! って言えないんだけど。


「はーい」


 混乱しながら困惑を悟られないようにする俺の 横で、テトラが元気に手を上げた。


 あ、そうそう、テトラだ。


 テトラの何かが……「すいへーちゃん」だ。


 ああ、変な呼び方すんなって話だっけ?


「……『名付け』は人足る部分を削る……人を離れ、神へ近付く……望まねば踏み入れん……止めよ」


「えーとぉ?」


「なんか望んでないならやめなさい、ってさ」


 嫌だからやめろや、ってさ。


「わかった、やめるー」


 『名付け』って、そのまま名前を付けることだよな? なんか行儀しい言葉が並んでんだけど? 危ねぇの?


 だとしたら、テトラは手遅れだ。


 既に色々とお友達が出来ている。


 …………え? 危ないの?


 焦りが恐怖を押して口を開かせてくれた。


「テトラは既に複数の精霊に名前を付けた後なんですけど……何か影響があるんですか?」


「……ない……今は、まだ」


 正面から見つめ返していた蛇の瞳が、ゆっくりと閉じられる。


 それだけで大きく風が舞う。


「あの……『名付け』を続けると、テトラにどんな不利な要素デメリットがあるんでしょうか?」


 言い方が引っ掛かるせいか気になってしょうがない。


「……不利などない……故に人では……なくなる」


 そりゃ大事だろうが?! 充分なデメリットだろうが?!


 言えないけど。


「……属性に融けた同胞は、愛し子を誘う……それは本能故に避けがたい……人を辞めぬなら、頑是たれ……降りてきた我々なら抵抗も出来よう……誘うのを止めよ」


 マジで分かりやすく言ってくれ、ラノベ脳だけど着いてけねぇよ。


 分からない部分を端折っても、『人じゃなくなる』というデメリットがあることは分かった。


 既に天使やん、というのは置いとこう。


 昨今のテトラの神懸かりならぬ天使っぷりに磨きが掛かっていたのは、そういう理由があったのかな?


 チラリと見たテトラは、目が合うとニコーと笑った。


 いやどう見ても天使天然だよ。


 魔性だもん。


 なんか精霊の頼み事を聞いてやってきたのに、意外な事実が発覚したことに動揺を隠せない。


 ……………………一旦忘れよう。


 これから『名付け』とやらをしなければ問題なさそうだし。


 俺も気を配るようにしよう。


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