第83話
いくらなんでもそりゃねぇだろ?
抜け穴で昼寝して夕暮れ時にコソコソ駆けずり回っただけですよ?
標準的な村の子供の行動じゃん、何が怪しいの?
…………いやいや、ターニャにだって眠れない夜ぐらいあるさ……ほら? 昼寝し過ぎたとか?
食欲に忠実に獲物を探し、腹が満ちたら寝ちまいなを体現するターニャ嬢であるならば、小腹が空いたからとかで夜に起きても変ではない…………筈、である。
「ター、『うーん』ってしてる。こう。お外見てる」
逐一の報告を求めたからか、律儀に伝えてくれるテトラ。
ターニャが取っているであろうポーズまで再現。
布団から体を起こして口に手を当て俯き加減という……どう見ても考え事してますよの
「よし、さっさと行くとしよう」
しかし残念ながら間に合うまい……気付くというよりかは怪しんでいる段階のようだし。
それでも充分に異常だと思うけど。
ほんとどうなってんだろ? 頭の中は。
座ってしまったテトラを引っ張り上げようと、持っていた荷物を一旦地面に置いて立ち上がらせる。
ところ構わず寝転がったせいか土だらけだったので、それも払う。
されるがままだというのにテトラは嬉しげだ。
……こっちも何考えてんのかねぇ? 今から何するか分かってんのかどうか……。
「よし、猫、いやミィ。行くぞ、案内よろしく」
「ミィ」
「『しょうがないなぁ』だって! ふふ、レー楽しいねー?」
いや全くだね?
この旅路の果てに『精霊に物理攻撃は効くのか?』という検証結果が出るんだから。
楽しみだね?
後ろ暗い考えを抱きつつも、まずは壁越えからと気合いを入れていると、案内役のミィがフワフワと地面に降り立ってしまった。
…………いや、ここで休憩とかはしないんだが? ……なんだよ? エネルギー切れか?
今こそバケツ三杯の水の出番かもしれない、なんなら水魔法の極意に目覚めて『うっかり』水圧カッター的なのを放ってくれてもいい。
胡乱げな眼差しを自称水の精霊に送っていると、当猫は気にした風もなく地面をニャゴニャゴ、まるで砂遊びするように引っ掻き始めた。
しばくぞ?
「かわいーねー?」
そりゃお前だ。
夜中だろうと突撃してくる可能性がある角材娘を思えばモタモタしていられないというのに。
あいつ神父のおじさんが管理している教会に角材持って入ってくんだぞ? すげぇ度胸だろ? ほんとどうなってんだよ、頭ん中ぁ?!
早いところ村を出よう、そして早いところ還してあげよう、そう思うよレーは。
テトラと手を繋いでそれぞれ別の思いから光る猫を眺めていたら、ミィが引っ掻いていた地面から輝きを放つ水が湧き出し始めた。
「いやちょっと」
「ミィ、すごいねー?」
「ミ!」
ちょっとした水溜まりぐらいの大きさになった光る水。
本当に何してんの? まさか生理現象とは言うまいね?
急いでいるのが一番興味の薄い俺だというのが納得いかないところである。
これどうすんだよ? 見つかったら神の水扱いされそうな神々しさなんだけど?
――――しかしそんな心配は無用だったようで。
「ミ」
鳴き声一番、ミィが水溜まりにその身を躍らせた。
トプン、と水音を立ててミィが沈む。
深さなんて皆無な筈のそれは、しかしミィの全身を飲み込んで尚も平面を保っていた。
後には波紋だけが残される。
「…………はい?」
「レー、いこ」
いや事件だろ。
ファンタジーが過ぎると思うんだが?
お前、『水』だって言ったじゃん? それ俺が思う『水』とちゃう。
処理落ち中の俺を、手を繋いでいたテトラが引っ張って行く。
いや…………これ、いいの?
人が通れるかどうか、よしんば通れたとして、息が出来るのかどうか……。
そもそもちょっと怖くない? うん、微塵も感じてないことはその足取りからも分かるけど。
グイグイと引っ張るテトラに為されるがままである。
足を止めたところでテトラは入水してしまうだろうし……。
説得は言葉で、ということだろう。
世界が変わっても話し合いこそが人の道さ。
「テトラテトラ、もう帰って寝ちゃわない?」
たぶんそれが一番いいよ?
「あーとーでー」
絶対寝ないやつキタ。
「テトラテトラ、もの凄く美味しい物があるんだけど?」
うちの野菜で作った干物だよ?
「いらなーい」
ハハハ、無欲だなぁ。
「テトラテトラ、実家のオフクロさんが泣いてるぞ?」
結局そこに落ち着くんですよ。
「ねてるもん」
ですよね。
ズンズンと進むテトラにカウントダウン。
「わーい」
テトラがピョンと最後のステップを踏む。
その掛け声は違うと思う。
消極的にだが、引っ張られていた俺も重力に引かれるままに水溜まりの中へ。
よし、分かった、覚悟を…………あ。
なんとか体を捻り、見えたのは一瞬。
しっかりと準備した筈の荷物が、寂しげに家畜小屋の前に取り残されている。
あーあ……。
再びトプンという水音を響かせて誰もいなくなった家畜小屋の前。
残された光る水溜まりは、役目は終えたとばかりに煙のように消えていった。
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