第82話
草木も眠る丑三つ時。
か、どうかは分からない。
ただ両親が寝静まった深夜である。
徐ろに俺は体を起こした。
交換条件のために。
へへへ、一日中家にいなかったせいかグッスリだぜ。
よっぽど疲れたんだろうね、なんでだろ? 僕分かんない。
こちらの世界観なのか村の常識なのかは知らないが、住民が眠りにつくのは早い。
少なくとも徹夜残業当たり前の世界から来た俺にしたら余裕の時間である。
むしろこの時間に眠るのは早過ぎる方だろう。
それだけに寝たフリが酷なんだよ……そろそろ一人部屋をねだってもいいかなぁ。
そっと布団から抜け出す。
さすがに川の字じゃなかったので助かった、まさか抜け出したいという想いを実行に移すことになるとは思ってもみなかったけど。
テキパキと動き閂を外して外に出る。
鍵を掛けないことに不安を覚えるが、実は他所の家じゃする方が珍しいと言う。
異世界だからなのか田舎だからなのかは分からない。
すげー不用心に思うのは俺だけじゃない筈。
今晩だけだからと扉を閉める。
「う、……わ」
隠していた荷物を引っ張り出して空を見上げると、思わず声が漏れた。
箱いっぱいの星屑をぶちまけたような夜空が広がっていた。
純粋に綺麗だとは思うが何座やら星系やらは分からない。
地球じゃないことだけは確か。
初の夜間外出である。
…………何が楽しくて精霊とかいう珍妙生物の仲裁なんてやらなきゃならないのか。
せめて仕事にしてくれ。
冒険心が無いこともないんだけど……そういうのは確実に安全で恐怖とは無縁の、そのくせドキドキするようなことであって欲しいと思う。
これって贅沢な望みなのか? 意外と誰でもそう思うんじゃない?
まあゲスな大人としては報酬に期待するとしよう。
賊にだって溜め込んだお宝を期待するのが異世界なのだから。
夜に倣って黒い考えを懐きつつ向かったのは家畜小屋。
そこでテトラと待ち合わせをしている。
まさかの即日出発というスケジュール。
これでも待って貰った方だというのだから、俺の 毛玉に対しての印象は悪い。
『直ぐ』って本当に『直ぐ』なんだもの。
獣なのか? ああ、
クレーム出たからと財布一つで送り出す上司と同じ生き物だよ、間違いなく。
交渉の末に獲得した時間を使って準備に費やした。
抜け穴に落ちてたランプ、うちの床下に偶々埋まってた携帯出来る食糧、チャノスから無断で借りた小刀、その他にもキャンプに必要な物を一揃え。
運が良かったなぁ、偶然ってあるんだなぁ、木壁沿いの原っぱに色々と落ちててさぁ?
尚、ターニャには秘密裏の行動である。
万が一、そんなことはあるわけないだろうけど、怪しまれては堪らないので。
さすがに今回は遠慮させて貰った。
くくくくく、テトラが精霊と喋れるということなので、ターニャの動きを逐一報告して貰い、常に先手を取ることで出来た完全試合!
やはりテトラの能力は危険だなぁ、悪い大人に利用されないようにしなくちゃね?
その利便性を知ってしまうとテトラ無しには生きられなくなっちゃうぞ?
……俺も気をつけよう。
「あ、レーきたぁ!」
「テトラ、シーッ! 意外と響くから!」
家畜小屋に着くと、防寒装備だが手ぶらのテトラが笑顔で手を振ってきた。
隣には発光する猫が浮いている。
……ターニャはいないようだな?
過剰かもしれないけど、ドゥブル爺さんの家に居た時を思えばこその警戒である。
本当に驚いたからなぁ、あの時は。
「テトラよく起きれたな?」
「がんばった。えらい?」
ははは、寝てくれてても全然良かったのにぃ。
夜に備えて昼から寝たのが功を奏したのだろう。
真っ暗で寝やすかったのも敗因。
このままテトラが現れないというのが一番良いパターンだったのだが、意外と根性があるから困りものだ。
「レー」
しかし来てしまったのなら仕方がない……ここはパターン2の『うっかり逸れたから帰ろう』に期待しよう。
「ねー」
もしくは魔物が出た時用のシュミレーション『うっかり巻き込んじゃったねテヘペロ』でも可。
「ねーレー」
「おっと、ごめん。なんだっけ?」
とりあえず家畜小屋の裏が直ぐに木壁だからサクッと越えとく? で、サクッとヤっとく?
早く行こうと急かされているのかと思いきや、テトラに焦っている様子はない。
…………なんだろう? なんで嫌な予感がするんだろう……こっちに来てからの虫の報せ率の高さよ。
「おきてるよ?」
「うん、頑張ったね?」
それがこっちには予想外。
うっかり寝過ごして遅刻作戦が消えた瞬間である。
しかしテトラはこちらの作戦のことを言っているわけではないようで……。
そりゃそうだ、話してないもの。
じゃあ、なんだろう? 誰のことを……。
「ター、まだおきてるよ?」
ガッデム。
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