第80話


 ほっぺた押して頬の空気を抜いてしまいたい。


 違う。


 何故それを?! だ。


 ……何故それを?!


 お……落ち着け! 焦るにはまだ早い! テトラの言ってることを理解するんだ。


 ……知ってる、聞いた、と言っているからには、テトラ自身が見たわけじゃないんじゃないか?


 ……小さい子? 小さい子ってなんだ?


 テトラより年下? いや、いることにはいるけど……当時の年齢を考えれば間違いなく赤ん坊だろう。


 よしんばドゥブル爺さんの家から外へ抜け出すのを見られていたとしても、赤ん坊の頃の記憶が残っているものなのか?


 例外はここにいるけど、そうじゃなく。


 …………いやいやいやいや、ありえない。


 ハッタリか? でも……だとハッキリと名前を上げていることが、事実を知っているのではという危惧を生んでいる。


 沈思する俺に、腕まで組み始めたテトラが追い打ちを掛けてくる。


「テーしってるもん。レー、ター抱っこしてピョンってしたんでしょ? すごいね?」


 途中で褒めちゃってるよ、いや待てぇ?


「ピョ、ピョン?」


「うん。かべをー、こう……ピョンってしたんでしょ? レーすごいねぇ」


 理解が及んでいないとでも思われたのか、わざわざ立ち上がって跳ねるテトラにヤラれそう。


 なんで頭に手つけて兎のフリするんだよ可愛いが過ぎるよ死ぬよ。


 とうとう可愛いを突き抜けてきたか……いや違うよね?


 ……み、見られてる……これは見られちゃってるぞ?


 たとえ木壁を越えたと想像されたところで、その手段は悪ガキ共の例に習ったものになる筈。


 つまりは足場やロープを使ってのもの。


 それが……まさかの人を抱えての跳躍というのだから……『テトラは随分と夢見がちだなぁ』で済ませられない事態だろう。


 い、居たの? テトラが? いやテトラじゃなくて……。


 見ていた奴目撃者が?


 …………非常に困ったことになったぞ?


 もはやペットどうこうの話じゃない。


 水でも舐めて隅で光ってろ。


 俺の秘密が……しかも何年も前からだと言うではないか。


 やはり一度流出した情報というのはどれだけ隠そうとも綻びが出てしまうものなんだろうか?


 暗闇で頭を抱える中年こどもに、未だピョンピョンと跳ねる子供。 


 なんというカオスか、さすがは異世界だぜ……へへへ。


 まずは確認をせねば。


「テ、テトラ? それって……その小さい子って誰のことかな?」


「ドゥじぃのうちの子ー」


 ドゥブル爺さんは独身である。


 そもそも当時まだまだビビられていたドゥブル爺さんの家に小さい子が寄り付くわけもなく……。


 うーん?


 首を傾げる俺に、飛び跳ね疲れたテトラが再び腰を降ろして続ける。


「あのねー、マキをもやすところがお家なの。だからー、マキちゃんってしたのよー? えへへ」


 そりゃドゥブル爺さんの家は炭焼きなんだし……。



 マキちゃんってってなんだ?



 あ、いかん。


 なんか恐ろしい天性の才能を感じる。


 これ以上は聞いちゃダメだ。


 ターニャからも感じた末恐ろしさが今再び。


 俺、転生の才能ならあるのに……。


 なんでこんなに圧倒されるんだろうか?


 ……なんか俺の幼馴染達の才能が凄いんだが?


 テッドが火の魔法を扱える才能があって、チャノスが水、ターニャが神童もかくやという学習能力があって、この上テトラにも……?


 アンとケニアには何も無いよね? 無いって言ってくれ……。


 誰かさんの昨今の体力オバケぶりが脳裏を過る。


 希望は一人だ。


「マキちゃんはー、いっつもパチパチ。火がだいすきー。テーもすきー。ドゥじぃもすきー。毎日パチパチしてくれるからー。それでー、いなくなった時があったのー、その時にー、レーとターが入ってきたからー、見てたんだってー」


 猫モドキの肉球をフニフニしながら変な節をつけてテトラが歌う。


「ど、どこから?」


「う? マキをもやすとこー……なんだっけ? か、か、かあど?」


「……竈?」


「あー、そっかー。かまどだ。かまどー」


 


 …………いや、わかる……恐らくっていう予想はつく……いや、でも……嘘だろ? でも、それじゃあ……この猫モドキはなんなのか?


「ミ?」


 こちらの視線に首を傾げるという知能の高さとあざとさを見せつけてくる猫モドキを無視して、テトラに核心を突く質問を投げ掛ける。


「テ、テトラ……それって……………………精霊?」


「そだよ?」


 『なんでそんなこと訊くの』みたいな表情のテトラに愕然である。


 ――――いない。


 少なくとも……俺は見たことがない。


 村で。


 精霊を。


 しかしテトラには見えるのだ。


 つまりテトラにはそういう才能があるんだろう。


 だとしたら…………だとしたらってなんなのだろうか?


 力の強い精霊? それとも肉体がある奴と無い奴がいる?


 いやいや待て待て、今はそんなことより……。


「テトラテトラ、テトラはその…………レーとターがピョンしたことは誰かに伝えた?」


「うーうん」


 首を横に振るテトラに小さくガッツポーズを取る。


 よしよし、まだ大丈夫だ……! まだ広まってない、まだ正常な田舎生活!


 ちょっと幼馴染の頭が良くてちょっと幼馴染が精霊を目視出来てちょっと前世の記憶があるってだけの。


 まだだ! 転生してスローライフというセカンドライフは、まだ無くなっちゃいない!


 そのためにはまず。


 猫モドキの前脚を握ってダンスを始めた天使に悪魔の如く囁くことにしようじゃないか。


「テトラテトラ」


「なーに?」


「レー、テトラにお願いがあるんだー? 聞いてくれる?」


「いいよー」


 よーし。


「レーとターがピョンしたことなんだけどー……ナイショにして欲しいんだ」


「ナイショなの?」


「そう、ナイショなの」


「そっかー」


「そうそう」


 子供を言いくるめている悪い大人? いいえ自分八歳ですから。


 ただの子供同士の内緒事ですよ。


 よくある。


 ……所詮は子供なのだ。


 他意はないよ?


 上手いこと口止め出来たとテトラの背後でほくそ笑んでいた俺に、テトラがクルリと振り向いた。


 咄嗟に表情を取り繕えたのは前世三十年の経験の賜物だろう。


「どうかした?」


 柔らかい微笑みを浮かべて問い掛ける俺を、テトラが見つめる。


 普段通りのボーっとした表情のテトラは――――しかし俺の目を見つめると表情を一変させた。


「きしし」


 それはテトラにしては珍しく、悪戯染みた可愛いさの――――小悪魔めいた笑みだった。


 まるでどっかのアホみたく――――


 ……テッド、そうだな。


 テトラには同年代の友達がいるな。


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