第75話
家畜小屋だった。
何処へ行くのかと思えば……なんだぁ、動物さんと戯れるだけか。
やや安心した。
そりゃそうだよ、テトラは天使だもの。
斬新な一人遊びにフェイントを入れるなんてされたものだから、俺の中の天使像が歪んでしまうところだった。
いや、言うなれば、よりテトラ寄りになっただけなのだが。
むしろ天使がテトラに寄せるべきなのだが?
それが正解……俺が異世界で得た真理です。
相手の動向を先読んでフェイントを入れるなんて根性曲がりなことをテトラに入れ知恵した奴は後で分からせるとして……。
きっと新しいお友達ってやつだろう。
テトラも付き合う相手はもっと選んだ方がいいと思う。
絶対性格悪いよ? そいつ。
子供の吸収力がテトラに小悪魔というルートも作り出す結果になってしまった。
なんだそれ最強かよ。
それはそれでいいと思いつつ、テトラがフラフラと家畜小屋に近寄るのを見守る。
…………そうか! もしかしなくても、クズ野菜はこの時のためなのでは?
テトラのことだ、手ずから動物にエサをやってみたかったとかいう理由なのだろう。
ウサギさんにニンジンっぽい何かの葉っぱを上げるテトラ、……あー、あるある。
むしろ全然ありだな。
村じゃウサギは肉だけど。
心配するようなことではなかったということか……。
村に食中毒が蔓延するような事態は幻だったということだ。
なーんだ、心配して損したな。
いい笑顔の俺が見守る中で、テトラはポケットから取り出した何かを家畜小屋に近付けていく。
隙間から野菜でも突っ込むのだろうと思いながら見ていると、テトラは取り出した何かで――――家畜小屋の扉を開けた。
………………………………おやぁ?
なにやらよく分からない展開になってきている。
ちょっとここらで休憩したい。
もうお昼だし。
子供の体が糖分を欲しがっている。
待って待って、テトラ待って。
きゅ、休憩! ちょっと
しかし思い届かず、テトラは家畜小屋の中に入っていった。
…………え、あれ?
先程のフラッシュバックも手伝い、恐る恐ると警戒しながら家畜小屋に近付く。
お昼時とあって皆家に戻っているので人出も少なく、見咎められることはない時間帯である。
あ、あれ? テトラ? テトラさん?
もしや中を開ければサバトよろしく鶏の血の臭いが充満している……とかいう結果で終わるわけじゃあるまいね? ハハハ……。
冗談っぽく誤魔化してはいるが、異常事態である。
家畜小屋の管理は…………確か、チャノスの家ではなかったか?
村長家に変わったのだろうか?
開けられた扉の存在に、テトラが手にしていたのが鍵だと、事ここに至ってようやく気付いた。
涼しい季節だというのに――冷や汗が出てきた。
…………ひゅ〜、久しぶりだぜこの感覚ぅ。
洒落にならない。
幼馴染の尻拭い担当である日々が…………あ、やっぱ蘇るのは待って貰おう。
健康に良くない。
気付けばテトラも当時のターニャぐらいの年齢。
ターニャが例外中の例外だからと気を抜いていたからなのか、意外という思いが強く、中々動き出せないでいる。
おまっ、鍵どうした?!
そんな感じ。
ちょっとお父さんと話し合おうじゃないか?!
……いやいや待て待て、まだ何か勘違いしている可能性も無きにしも非ず。
「テ、テトラぁ?」
なので囁くように呼び掛けて、そっと家畜小屋の扉を引いた。
いつか来たそのままの様子で、鶏の数だけ増えた家畜小屋。
朝の卵産みという仕事を終えた鶏さん達が思い思いに過ごしている。
昼日中とだけあって、隙間から差し込む光が薄暗い鶏小屋の中を照らし出している。
――――テトラはいなかった。
居るのは砂を巻き上げたり水を飲んだりしている鳥類だけだ。
随分と人慣れしたなぁ……なんて場違いな思考が隙を突く。
い、嫌だ……考えたくない。
なんとなく……なんとなくだが、テトラがなんでここに来たのか――
その理由に思い当たった。
……思い当たってしまった。
いつか来た――――というかその理由以外でここに来たことがないという俺の不思議……。
誰よりも鶏を欲しているというのに。
なんだ? あれか? 昨日鶏肉食っちゃったから、その呪いか? あん? 異世界にもあんのか? 呪い?
まあ幽霊みたいな奴がいるのだから無いとは言い切れないけど。
……なんで今更テッド達の……あくまでテッド達の! 黒歴史を掘り起こさにゃならんのだ……。
呆然としていたのはどれだけか……ツンツンと足を鶏に啄かれて目を覚ます。
ありがとよ。
えーと、確かあの辺り……。
鶏を掻き分けて、普段なら世話役すら入り込まないだろう――――鶏小屋の奥の奥へと足を踏み入れた。
テトラが居ると思われる、鶏小屋の最奥の壁――の向こう、抜け穴が存在しているそこへと至るために、いつかのチャノスが触っていた辺りの壁を押してみた。
いつぞやのように回転する壁。
…………無くなってないよなぁ、そりゃ残ってるよなぁ。
たぶん、いざという時のための逃げ道なわけだし。
村に『いざ』って時が無かったことを喜ぼうじゃないか。
さすがにテッドやチャノスも、ここに寄り付くことは無くなった。
そういう年齢でもないしね。
だから見落としてしまったのだろう。
――――そういう年齢ド真ん中の幼馴染を。
「テ、テトラ……さん?」
声は返ってこなかった。
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