第74話


 予想に反して……いや予想通りに、テトラが村を抜け出すということはなかった。


 というか未だに何をやっているのか分からない。


 村の外周を回っているのだ。


 お昼が近付き騒がしくなってきた村を避けるように、静けさを増す外周をゆっくりと歩いている。


 未だ畑にもなっていない原っぱを、右へ左へ、小枝を振り回しながら歩いている。


 …………帰らないのかな?


 そろそろお昼ご飯の準備という時間帯なので、食べるだけの俺達としてはまだ焦るような時刻ではないが……。


 特にやることもないのなら帰ればいいのに……。


 なんでこんなところで時間を潰しているのだろうか?


 見晴らしがいいだけの空き地なんて別に珍しくもないのだが……。


 疑問ばかりが募る中、フラフラと歩いていたテトラが、未だに切り倒されていない大木の死角へと入ってしまった。


 ふと、見覚えがあるなと思い出せば、いつぞやに隠れたことがある木ではないか。


 懐かしいな…………昔ここで…………。


 何も聞かなかったな? よく思い出せないや、ハハハ……なんせ何年も前ですので……。


 今は尾行中だからと言い訳を吐いて、テトラを見受けられる位置へと移動する。


 木が邪魔で姿を確認出来ないのだ。


 そうだそうだ、そういう位置にある木だったよなぁ。


 ちょっとした郷愁に――――油断がなかったとは言えない。


 なにせここら一帯は久しぶりに来たので。


 しかしまさかそんな…………トラップみたいな動きを……。



 ――――テトラがしてくるなんて。



 見晴らしのいい原っぱなのだ。


 たとえ横断しなかろうと、こちらを確認するには容易な――


 次の監視ポイントへは遠回りするのも面倒な位置で、近くには民家も無い。


 身を隠しながらの移動がややな場所だと言える。


 しかし今までのテトラの挙動を含めて『姿を晒したからなんだ?』という思いがあった。


 別に『着けられている』と見抜かれた様子もないのだし。


 だからこれは油断などではなく、純粋にテトラが上手かったというだけなのだろう。


 場所選び、タイミング、身のこなし、どれも満点と言って過言ではない。


 誰であろうと引っ掛った筈だ。


 間違いなく。


 俺に――――『魔法』という切り札さえ存在しなければ。


 土で固められた道を小走りに、テトラが見える位置へと移動した。


 その途中――回避が不可能だと思われるタイミングで。


 テトラが潜り込んだ木の陰の、からその身を踊らせたのだ。


 その行動は素早く、『着けている尾行中の』身としてはギクリと身を強張らせるには充分なそれだった。


「…………あぇ? 誰もいない……」


 数年ぶりの魔法は、その使っていなかった期間に比例せず、正しくその効果を発揮した。


 …………発揮してくれた。


 身を『強張らせる』という経験を積んでいたことと、両強化の三倍が結びついてことが、俺の勝因となった。


 まあ、つまり、あれだ。


 偶々である。


 ……………………あ、っぶね〜〜〜〜?!


 近くの畑に身を伏せて凌いでいる。


 瞬間的に起動した魔法で飛び込んだのだ。


 ……舐めてた、天使を舐めていた。


 まさか盗賊のボス格に使用した魔法を幼馴染(年下)に使うことになるとは夢にも思わなかった次第でしてはい!


 思わず前世におけるクレームの電話対応みたいな言い訳が心を衝く。


 あの時と似たようなドキドキが止まらない。


 テトラの魅力にヤラれちゃったかな? うへへ。


 動揺を押し殺しながら恐る恐る伏せていた顔を上げてみる。


 充分に距離は取っているし、ここなら畑の手伝いに来ていたという言い訳も通じる…………筈である。


 テトラは首を傾げるような仕草(可愛い)で、俺の 居た辺りを見渡し――更にはパンパンと地面を叩いて何かを探るような動きさえしてみせた。


 やだ可愛い。


 おっと、今はそれどころじゃないな。


 テトラの意味不明な行動の方が重要度は高いだろう。


 …………しかし何故だ? 何故バレた?


 それとも――――バレていないのか?


 だとしたら問題である。


 テトラは着けてくる誰かさんが居てもいなくても、こういう行動を取ったということなのだから。


 なにその一人遊び、斬新。


 テッドの心配にも頷けてしまう。


 むしろこうして着けている誰かさんがいない時を思えば涙が出てくるほどである。


 と、友達を! テトラにお友達を作らなくては?!


 そう思っちゃう。


 ……もしやテッドも尾行したことがあるんじゃないかな? おいおいシスコンやな〜? やれやれだぜ全く。


 昨今の心配具合を思えば可能性を感じる。


 しかし未だに俺が居た辺りを執拗に調べるテトラからは確信を得ているような雰囲気。


 つまりはバレているパターン。


 少しばかり姿を捉えられたとは思うが、ちょっとした影だったと勘違いされる程度である筈……! そう信じたい! お願い?


 早く……早く目の錯覚だったと思うんだテトラ……!


「…………えへー、まちがった」


 何を?


 ポリポリと頭を掻くテトラからは、悔しいだとか納得がいかないという感情は伝わってこず、あいも変わらず嬉しげに笑みを浮かべているだけで、言葉の意味を判別することは出来なかった。


 なんつーポーカーフェイスプリティフェイスだよ、可愛いの権化か。


 しかしそんなテトラ推し純度百な俺でも、再び歩き始めたテトラの後をつけるかどうかには、激しい葛藤を伴った。


 動揺が尾を引いているからだ。


 …………どうしよう? 今日はもうここまででもいいんじゃないかなぁ……。


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