第73話


 うちの可愛い天使を引っ張っていく不貞ふてぇ野郎はどこだ?


 と、目を血走らせて住宅地(田舎)を駆け回った結果。


 割とあっさりとテトラを見つけた。


 誰ともなしに一人でいる。


 …………な、何をやっているのかな?


 テトラは道の真ん中にしゃがんで、一心不乱に一点を見つめ続けている。


 とてもじゃないが待ち合わせには見えない。


 声を掛けるべきか否か…………いや否だよ。


 スニーキング中に対象に声を掛けるスパイがどこにいるというのか?


 ……しかし何をやっているのか分からないんだよなぁ。


 これ以上近付くとバレそうだし。


 ヤキモキしながらテトラを見守っていると、反対側から台車を押すおじさんが現れた。


 おじさんは道の真ん中にしゃがみ込んでいるテトラを見つけると、わざわざ端に寄って避けてくれたばかりか、頭を撫でて果物を一つ渡すではないか。


 うん、人として正しい行いだな。


 野良のお地蔵様にお供え物をして祈願するのと似たような行為だ。


 嬉しそうにお礼を言うテトラにおじさんも表情が崩れる。


 わかる。


 これが沼だと分かったところで沈んでしまう魅力が天使にはあるのだ。


 しかしこれはチャンスだろう、丁度良かった。


 テトラとの遣り取りを終え、鼻歌混じりで台車を押してきたおじさんに話し掛けた。


「……あの〜?」


「うわ、ビックリしたぁ。…………なんでぇ、レンか? どうしたんだ、そんなとこ隠れて。また隠れ鬼でもやってんのか?」


 やだな、そんな年齢じゃないよ。


 道端に生えている木に姿を隠していたので驚かれたようだ。


「まあちょっと……そんなことより、テトラが何してるか分かりますか?」


「あ〜。もしかして隠れ鬼の途中かなんかか? はは、テトラ嬢ちゃんはテッドと違ってのんびりしてるからなぁ」


 なんか勘違いされているが、好都合なので放置しよう。


「なんか虫を見てんだとよ。エサ運んでいくのが面白いんだろ? あ、レンにも一つやるよ。アプアの実だ。種は出せよ?」


「ありがとうございます」


 おじさん良い人だな。


 軽く手を振って離れていくおじさんを見送って、視線をテトラに戻したら……。


 いつの間にやらいなくなっていた。


 ――――速い?! デキる!


 慌てて周囲を確認すると……直ぐ近くで見つかった。


 途中から身を伏せていたので、いなくなったと勘違いしてしまったようだ。


 どうやらエサ運びがクライマックスを迎えている模様。


 もうすぐエサが巣に到達する、といったところか。


 テトラはそれを間近で観察せんと身を伏せている。


 やはり天使故に博愛精神に溢れているのだろう。


 無事にエサを運び終えれるか気になったんだね?


 優しい子なんだよ。


「…………あい。これもあげる」


 しかしそこでテトラがお土産優しさを追加。


 吐き出した種を巣に直接……!


 テトラテトラ? それ昆虫さんからしたら『隕石降ってきたで?!』っていうレベルだから。


 鼻息荒く満足気なテトラと、急に落ちてきた種で巣が埋まってしまった昆虫の悲哀が、中々のコントラストを描いている。


 ……まあ、天使って大体そんな存在だから。


 要件は終わったとばかりに立ち上がるテトラ。


 更に東の方へと歩いていく。


 今度こそ誰かとの待ち合わせ…………だとしたら道草具合が半端ないなぁ。


 待たせるなんてレベルじゃないマイペースぶりだ。


 誰かさんを彷彿とさせる。


 一番似なくていいところが他の幼馴染から伝わってしまっている……。


 これはテトラの教育に良くない。


 今度ターニャに会ったらマイペースを抑えるように言っておこう。


 ……覚えてたら……だな? ……うん、覚えてたら。


 そんな親的な思考を抱えながらテトラの後を付けた。


 ポテポテフワフワと歩くテトラは、目的意識があるのか無いのか……。


 興味の対象がフラフラと入れ替わり、特に急いでいる様子もなければ、別に特定の誰かを探しているといった感じでもない。


 …………これはハズしたかな?


 場所が場所だけに新しいお友達でも出来たのかと思いきや、ただ散歩を楽しんでいるだけのような雰囲気。


 虫のエサ運びを見つめて、鶏を追いかけ回し、爺婆の話を聞いて、適当な小枝を振り、調子のハズれた鼻歌を歌う。


 どれも楽しげだが……。


 これはハズレかなぁ。


 そろそろ日も高くなってきたことだし、ぼちぼちお昼の時間である。


 もういいかな? と思ったところで――――テトラが住宅地を抜けて外周の方へと歩き出した。


 僅かばかりの嫌な予感は、やはりテッドの妹であることに起因しているのかもしれない。


 わかってる。


 誰も彼もが脱走を企てるわけじゃない。


 幼馴染達の過半数がそうなってしまったが、あれは特殊な事例である筈……。


 素直で良い子な天使がそんなまさか……ねえ?


 とは思いつつも、せめて何処に向かっているかだけでも突き止めようと、やめかけていた尾行を続行することにした。


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