第72話


 更に一夜明けて。


 うちの畑の収穫が終わっているので、例年通りに行くのなら近隣の畑の手伝いに参加する、といったところなのだが……。


 親に行き先も告げずにフラフラとやってきたのは、テッドの家だ。


 収穫の手伝いに来たわけじゃない。


 かといって、テッドの無茶に付き合うほど暇でもない。


 強いて言うなら……テトラのご機嫌伺い、とでも言おうか。


 やはりどうにも気になるのだ。


 大量のクズ野菜の行方が。


 テトラには少しばかり早いとは思うのだが、ちゃんとした調理方法や……せめて味見の必然性ぐらいは説いておいた方がいいのかもしれない。


 なんでもかんでも「……お、美味しいよ」でコメントしたことに対する責任とでも言いましょうか……ええ。


 昨今のテトラの反応からして、新しいお友達が出来たというのはもはや確定事項に近いと考えている。


 口は固かったのだが、『ナイショ』って言ってる時点で既に……ねぇ?


 そしてそいつが気のいい奴だったとしても、胃腸には限界があるだろうし……なにより万が一そのことが原因で離れていかれたとしたら……ううむ、そいつが不幸な事故に遭わないとも限らないからな。


 ついうっかり。


 手に力が入っちゃったとかでさ?


 仕方ないね? うっかりだもの。


 往生してね? 友達だもの。


 そんな危険を未然に防ぐべく、防犯パトロールのおじさんばりに行動することを決めた。


 決して五歳児を追い掛ける怪しい中年が爆誕したわけではない。


 ……僕子供なので?


 妹の成長を見守る兄と言っても過言ではないだろう。


 そんなわけで村長宅。


「すいませーん。テッドいますかー?」


 うちと違って両開きの扉をノックする。


 村長宅だけあって使用人がいるテッドの家。


 といっても、そこまで厳格なものではなく、世話焼きのおじさんおばさんが在中しているようなものだ。


「うーい」


 軽い返事と共に家の横合いから出てきた使用人も、顔見知りの歳経たおじさんで、部屋着姿に泥で汚れた手足から収穫物の加工でもしていたのだろうと臭わせた。


「おーう、レンかぁ? 珍しいな、家の方に来るとかよ。約束でもあったかよ?」


 めっちゃアポ無しの突撃ですが何か?


 ちなみにテトラの名前じゃなくテッドの名前を出したのは将を射殺すためである。


 ちょっとした疚しさから咄嗟に歳の近い男の子の名前が出たわけではない。


 断じてない。


 大丈夫だから、ちょっとだけだから。


「約束とかはしてないんですけど……ちょっと気になったので……」


 妹さんが。


「はっはっは! レンも男ん子だなぁ? ……あれだろ? 魔法だろ? 坊が一昨日から遮二無二メイソーってのしててよ。隙がありゃ廊下でも始めるから旦那が困り顔してるのよ。くっくっく……いや何が面白いってよ? お嬢が目ぇ閉じてる坊の頭に皿とか載っけるのよ。これが傑作でなぁ? あっはっはっは!」


 思い出し笑いに膝を叩いているおじさんに――――共感出来る。


 なにそれ超見たい。


 テトラが頑張ってプルプルしながらお皿を載っけてるんでしょ? んで、載っかったら嬉しそうに笑うんでしょ?


 いくらですか?


 懐に手を突っ込んで財布なんてそもそも持ってないことに気付いて正気に返る。


 ふぅ、危うく我を忘れるところだった。


 いかんいかん、気を引き締めねば。


「……それでテッドは?」


「朝も早くから出掛けたよ。商家の坊と待ち合わせだとさ。いつもんとこよ」


 そうか、全く興味ないな。


「そうですか……あ、テトラも連れてったんですかね?」


「お嬢? いや? まあ昔はしょっちゅう引っ張り回してあちこち一緒になって回ってたけどよぉ、最近はとんと見ねぇなぁ。妹離れってやつかねぇ? お嬢も昔は…………レンを探しちゃ泣き喚いてたな。通りで平気そうな面してるわな」


 そうだね、家に持って帰ろうとすると嬉しそうにしてたもんね。


 ……テッドのこと嫌いってことはないよな? 兄妹仲は悪くなさそうなのに、実は家では……なんて、いや無いな。


 そんな俗物的な。


 テトラは天使なんだから、人間とは違うに決まってる!


「じゃあテトラは家ですか?」


「あー……いや? そういやさっき出掛けて行ったかな? ……畑に出てた時にポテポテとあっちの方に歩いてったのを見た気が……」


 そう言って使用人のおじさんが指差したのは――――東の方だった。


 ……ターニャ達の家の方向か……これは益々新しいお友達説が現実味を帯びてきたな。


 村の東側は住宅地。


 テトラに近い歳の子がゴロゴロしている。


 テトラの新しいお友達か…………なんだろう? なんかちょっとドキドキしてるんだが?


 男の子かな? 殺そう。女の子かな? 女の子だな、女の子だろう。


 それ以外はない。


 ……これでアンやケニアの調理風景を覗いているだけとかだったら肩透かしだが。


 まあチョロっと見に行くぐらいいいだろう?


 角材持って。


 それがこの村でのマストなのだからしょうがない。


 幼馴染から学んだのだ。


 特に他意はないよ?


「そうですか。じゃあ俺はテッドを探してみます。ありがとうございました」


「おう。はしゃぎまわって怪我せんようになぁ」


 おいおい、テッドと一緒にされちゃ困るぜ? やれやれ。


 いざって時は魔法の使用も自重しない所存ですが何か?


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