第71話
おままごとだった。
何がとは言わないが……キッツいなぁ。
おそらくは料理を教わっているという幼馴染共に影響されたのだろう。
クズ野菜が入った水、という名のスープを飲まされてターニャの愚痴が身に沁みた一日だった。
泥団子の方はフリでも良かったことが幸い。
幸せってなんだろうか……。
嬉しそうなテトラがスープをもう一杯と勧めることじゃないのは確かだ。
野菜を齧って水を飲んだと思えばどうにかなると思っていたのに……何か混じっているのでは? と思わずにはいられない味だった。
答えが得られることはなかったけど。
口が固すぎるのも問題になるんだなぁ……。
一夜明けて。
お腹が痛くなるということもなく、頑丈に産んでくれた両親に感謝しつつ、テッド家の畑を手伝いにきた。
そろそろ収穫祭の時期が近付いて来ている。
会場となる畑の収穫がまだだというのなら、これを手伝わないという選択肢は無い。
それも自分の家の収穫が終わっていればこその話だけど。
持ちつ持たれつの農作業。
こういうお手伝いは割と頻繁に交わされている。
代わりと言ってはなんだが、昼ご飯を受け持ってくれたり、別の作業のお手伝いに入ったりと、その報酬は様々だ。
報酬っていうか役得っていうか、別にきちんと定めているわけじゃないんだけどね。
「よう、レン! 手伝ってくれんのか?」
「うん。自分のところも終わったし。おはよう、テッド」
「レー、おはよ」
畑の前に集まっていた人集りに寄っていくと、手袋を嵌めたテッドとテトラが出てきた。
さすがに自家の畑ともなれば作業を手伝うのだろう。
まあ子供で他人の家の畑の手伝いに来ているのは俺ぐらいなものだが……。
しかし手袋かぁ……こういう装備の差に貧富が表れてるよなぁ。
無ければ無いで問題ない、そもそも買うのが勿体ない、となるのが一般家庭。
これは他の幼馴染の面々も同じである。
例外は俺の目の前にいる二人ぐらいだろう。
チャノスの家も畑があるのだが、村で一番小さく、そもそもチャノスの母親が個人的にやっているだけなので、そんなに農具は充実していなかったと思う。
チャノスは畑作業やらないしね。
周りを見渡してみても、他の幼馴染を見つけることは出来ず、どうやら今日はこの面子だけらしい。
エノクがマッシに追い掛けられているけど……朝から元気だなぁ、ぐらいにしか思わない。
三々五々と散っていく中で、近付いて来たテッドが小声で話し掛けてくる。
「……やったなレン! 今日の昼は鶏肉をタレで焼いた料理が出るんだ。当たりだぞ!」
「ほんと? いやぁ、今日は参加して正解だったなぁ」
焼き鳥かぁ、何年ぶりだろ?
どうりでテッドの機嫌が良いと思った。
いつもは最初の挨拶がてら愚痴から入るのに。
ニヤニヤと笑みを交わしながら畑に入る。
区分を決めるなんてことはしないが、手を付けられていない畝の方へと歩いていく。
自分の所が終われば他の人の、終わらなければ他の人が自分の、互いに手伝い合うので心配はない。
「じゃあ俺は、
「そんじゃ隣から」
「テーはレーと一緒」
俺の服の裾を掴んでニコニコと笑うテトラに蕩けそう。
「テトラ……自分のことテーって言うなって。わたしだ、わたし。もしくはテトラでいいだろ?」
困った顔をしているのはテッドだ。
最近一人称が固まってきたよな? 前は『わわし』とか『あわし』って言ってたけど。
注意を受けたというのに、ニコニコと嬉しそうな表情のテトラ。
元気に手を上げて応えている。
「あい! にちゃ」
「……兄ちゃんな」
テトラ? テトラ? 俺は『ニチャ』でもいいよ? よよよ呼んでみようか? いいい一回! 一回だけだから! ちょっとでいいから?!
「テー、とあ!」
「……うん」
微妙な表情のテッド。
ゆっくりならハッキリ発音出来るんだけどな? おいおい慣れていくんじゃない?
反抗的なわけでもなく素直なテトラに、どう教育していいのか分からないとばかりのテッドが微笑ましい。
反面教師じゃないんだけど、そのおかげなのかテッドがしっかりしてきているのがまた笑いを誘う。
「……レンの邪魔しちゃダメだぞ?」
「あい」
力強く頷く妹を見て不安そうな兄にシンパシー。
昔のテッドを見ているようだ。
笑顔で「わかった」って言っといて、やっちゃダメなことやるんだよ。
今度はその苦労を我が身にってとこ。
世の中って上手く巡ってるんだなぁ。
しかしテトラは行儀良くお手伝いに邁進した。
畝を壊して収穫のサポートに徹してくれたので、一段と楽に作業が進んだ。
案ずるより産むが易しってやつかなぁ?
割としっかりしている。
保存や加工はまた別の作業となるので、俺達の手伝いはここまでとなった。
昼ご飯を食べていけと言う村長の誘いを一も二もなく受けて畑から上がったら――――テトラが付いて来てないことに気付いた。
「あれ? なんで?」
「いや、うーん? たぶん……」
悩ましげな表情のテッドが足早に畑に戻るのに、くっついて俺もテトラの様子を見に行く。
テトラは収穫した野菜の……ヘタの部分を毟っていた。
「……なんだろう? お手伝いかな?」
「最近ああやって使わない部分を集めてんだ。何に使ってるのかは分かんねぇんだけど……」
テッドの疑問に、独特な味わいが口の中に広がるのを思い出す。
「いや、それは……あれだよ……おままごと、っていうか……」
「ままごと? ままごとに野菜の捨てる部分なんて使うのか?」
リアルに食えって言われるからね……。
「……料理のつもりなんじゃないかな? たぶん……」
「ああ、そういえば最近アン達も習ってるって言ってたな。……お、俺を誘ったりしないよな? 嫌だぜ、俺ぇ……」
ああ、嫌だったぜ、俺ぇ……。
テトラは嬉しそうに野菜の使われない部分を――――袋に入れている。
手に持てるだけとか、ポケットに詰め込めるだけ、とかではない。
袋にパンパンだ。
…………それは致死量じゃないかな?
「そうか、ままごとだったのか……毎回あれぐらい掻き集めるんだよなぁ。どんな奴が食う設定なんだろ? 食わせたのまた使えばいいのに。一々捨ててんのかな?」
どんなって…………。
割と普通だったように思う。
少なくとも――――あの量が出てきたことはない。
テッドは勘違いしているようだが、テトラはあれを食わすのだ。
実際に。
つまり消費されているのだ。
あの量が。
…………一体誰の腹に収まるんだろうか?
もしや友人疑惑が持ち上がるテトラの、新しいお友達の誰かにか?
だとしたら「テトラちゃんと遊ぶのはもうちょっと……」となるのも時間の問題かもしれない。
せっせとクズ野菜を袋に詰めているテトラが、どこか昔のテッドにダブって見えたのは…………きっと疲れているからだろう。
……そう思いたい、不穏が見え隠れする秋の午後だった。
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