第70話


 …………今日はあれかな? 幼馴染が順番で顔を出す日なのかな?


「レー、おはよ」


 可愛いから問題ないな。


 今がお昼過ぎだとか、俺の本当の名前だとか、ここが俺の家の畑だとか、最近なんだか隠し事してそうだとか、全部どうでもいいな。


 可愛いから。


 可愛いは正義だから。


 おじさん、お金稼げるようになったら思わず通帳ごと差し出してしまいそうだから。


 振り返った先には、俺の服を軽く摘まんでいるテトラ天使がいた。


 ……天国やったんや、ここ天国やったんやな。


 生前良い奴やったもんなぁ、俺……うん、異論はないみたいだな? 反論する奴がいないもんな?


 テトラは俺と目が合うと、嬉しそうに、はにかんだような笑みを浮かべた。


 成長したと言っても、テトラの身長は当時のターニャよりも少し低い。


 しかし身長と共に伸びたストロベリーブロンドの髪は地に着きそうな程で、変わることのない瞳の色も深みを増しているように思える。


 肌寒さを感じる季節だからか、長袖とロングスカートの上から更に色付きの上着を着ている。


 未だ低い身長と相まって動きにくそうだ。


 まだそこまでの寒さでもないのに。


 村長も意外と親バカだよなぁ、ハハハ。


「レライトだよ、レライト。テトラ、俺の名前は……」


「レー!」


「レーでもいいな、うん」


 霊みたいなもんだもんな、うん。


 肯定されたのが嬉しかったのかしがみついてくるテトラを受け止める。


 確かな重さがテトラの成長を伝えてくれた。


 ……大きくなったなぁ…………もし前の人生で伴侶が居たのなら、このぐらいの子供も居たのかもしれないなぁ、なんて思う。


 つまりテトラは俺の子供だったということか?!


 うん、この考え方は無いな? 無いね。


 身長差があるテトラの突撃をガッシリと受け止めて――――振り回す。


 子供をあやしているように見えて、テトラの足を地面から離すのが目的だ。


 テッドの妹だけあって日毎に突撃の圧がね……受け止めると何故だか押し続けるし。


「あははは、れー!」


 まあ、楽しそうだからいいんだけど。


 そんないつもの挨拶を交わし終え、目を回したテトラを地面に降ろすと、ここぞとばかりに要件を聞く。


 後々になると大抵のことは忘れてしまわれるのだ……天使にとって人界の出来事など些事に過ぎないということなのだろう。


 やむを得ない。


「それで? 今日はどうしたの?」


「あそびにー」


 エヘヘと笑うテトラに絆されそうになってしまう。


 最近のテッドを悩ませる要因の一つだ。


 テトラは同年代の子供と遊ばないのだ。


 別に嫌っているわけでも、侮っているわけでもない。


 ただただ遊ばない。


 これは非常にデリケートな問題だと思う。


 親が知り合いだからといって、その子供と友達付き合いするかどうかは別、という状況に似ている。


 ぶっちゃけ親関係なく波長が合えば友達になったりならなかったりするだろう。


 前の世界の学校でならそうだ。


 しがらみ、付き合い、なんとなく。


 出会いはどうであれ、後に長続きするかどうかは、本人や環境によるところが大きい。


 しかしここにあるのは村社会。


 しかもド田舎ド辺境。


 より閉鎖的な空間にあって人付き合いしないというのは致命的なものだと思われる。


 …………別に嫌っているわけじゃないんだよなぁ、同年代の子供を。


 試しに同じ空間に放り込んでみたら仲良くするし、なんなら向こうの方が緊張していたまである。


 しかし時間が経つとフラフラと出掛けてしまい、何をしているのかといえば、俺達の誰でもいいから捕まえるという事態。


 テッドだけならまだブラコンで済んだのだが、というところに…………どう見ても同年代の子供グループに所属意識が無い。


 テッドはなんとなくで危機感を持っているようだが…………これはまたなんとも言えないものだ。


 どうしようねぇ? ほんと……。


「レー、あそぼ?」


 可愛いから良いじゃんねぇ? ほんと。


 よーし、お兄さんが遊んであげちゃうぞー! 仕事? いいのいいの終わったからテトラが気にすることないない!


 そんな不安がありつつも最近のテトラは行方不明になることが多く、実は遊ぶのも久々である。


 俺が待っていたまであるな……いや全俺が待っていたな間違いない。


 なんだかんだと内緒で友達でも作っているのではないだろうか? テッドがそこまで心配する程でもなく。


 ニコニコと笑うテトラに手を引かれるがまま畑を後にする。


 随分とご機嫌なのは、件の行方不明に関係があると見た。


 行方不明とだけあって、何処に行っているのかは不明だが。


 直ぐに姿を眩ませるんだよなぁ、やれやれ、誰に似たんだか?


 手持ち無沙汰な俺は、ポテポテと歩くテトラに親子の会話を試みた。


「テトラ、何処に行くの?」


「あっちー」


 そっかー、あっちかぁ。


「テトラ、嬉しそうだね? 良いことあった?」


「ふふふ、うれしー」


 そっかそっか、嬉しいかぁ。


「テトラ、友達出来た?」


「ナイショー」


 ちぃ。


 その柔らかい雰囲気とは裏腹に、テトラは意外と口が固く、またしても情報を引き出すことに失敗してしまった。


 …………というかなんにも分からないことが分かった。


 これから何処に連れて行かれるかも不明である。


 どうしよう? 今度ターニャにでも相談してみるか?


 棚引くように形を変える雲の下で、のんびりとそんなことを考えながら、テトラに付いて歩いていった。


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