第68話
活力、体力、生命力、と呼ばれる力がある。
これらはハッキリと目に見えるものじゃないけれど、確かに
――――認識されていた……前の世界では。
食事をして、栄養素を取り込み、エネルギーを得て、人間は動いている。
科学が明かす人間の仕組みである。
その範囲は遺伝子にまで及び、寿命すら見通す程になった。
そんな科学万能の知識があるだけに、魔力が全ての命に通じるなんて言われても違和感しかない。
何にでも変わる万能の力?
そんな訳がないと思う。
…………いやいやいや、それじゃ極論飲み食いしなくてもいいってことになってしまうじゃないか。
ボケたか、爺?
疑問に思ったのは俺だけじゃないようで、真っ先に口に出したのはアンだった。
「……お腹減ったら……魔力を…………食べればいい? ってことかな?」
直球過ぎるけど、的を得た発言だと思う。
アホは時に真実を突く。
「魔力は食べれるってことか!」
「そんなわけないだろ?」
得心を得たと言わんばかりのテッドを、チャノスが溜め息混じりに否定する。
しかしドゥブル爺さんは面白そうな顔でテッドの意見を肯定した。
「ワシには出来んが、偉大な魔法使いの中には存在するかもしれん」
「ほらぁ!」
「……本当に?」
疑いの眼差しを師匠に向けるチャノスだったが、こればっかりは同感である。
霞を食って生きると言われている、どこぞの超人じゃあるまいし……。
いや待てよ? つまりそういう
ザワザワと騒がしくなる幼馴染一同を見渡して、ドゥブル爺さんが愉快そうに続ける。
「さて、ワシら人は魔力によって動く。しかし魔力を見て、触り、取り込むという術を、本来は持っておらんかった。人が神足らん未熟な生命だからじゃ。……見兼ねた神々は、人を哀れに思ったのか、人に『食べる』という行為を許した――――それが魔法の始まりと言われておる」
ドゥブル爺さんが語る声に惹き込まれるように静かになる。
「……成人すれば読み上げられる教会の神話に、人の成り立ちが語られる。――『神にすれば小さな庭、人から見れば果てのない地平』に、ワシらは生まれた。争いが無く、憎しみが無く、ただ在ることを許された世界……乱されることのない精神と衰えることのない肉体が、完全に調和された場所だったという」
…………なんだろう? ……神話、なんだよな?
そう言われて納得した筈なのに、ドゥブル爺さんの語りに、何か違和感を感じてしまう……。
魔力の成り立ちを神話に絡めて紐解いてるだけの筈……。
つまりは『よく分からない』というオチだと思われる。
「人の最初の過ちじゃ。『動きたい』と思うてしもうた。動かぬとも幸せで、動かぬとも生きられる命であったのに。人は神に願った。そして願いは聞き届けられ、人は『食べる』ことで体内に魔力を取り入れることが出来るようになった。命の力を得て、『動ける』ようになった。
…………どこの世界にもあるんだなぁ、こういう話。
最終的には頭よくなる系の木の実を食べて追放されちゃうんでしょ?
「人は食べた、あらゆる物を。草木を食べ、実りを食べ、動物を食べ、そして――――楽園を食べ散らかした」
そ、それは予想外だなぁ。
悪食にも程がないかね?
「お、怒られるんじゃないかしら?」
「そう、神々はお怒りになられた……」
神じゃなくても怒るよ。
「神々は人を自分の庭から追放し、罰を与えた。命の力に関する罰を」
「な、なんか怖くなってきたね?」
「ひ、引っ付くなよアン!」
「……お前ら静かに聞けよ」
前列は随分と楽しんでいるようだけど、俺の隣の子とかは起きてるかどうかも怪しくなってきたよ。
腹が膨れたから寝るってか? やめてターニャ、もたれ掛からないで。
「……魔力が無くては動けぬ人を、魔力無しでは生きてはいけぬ体へと、神々は変えたのじゃ。『そんなに食いたければ永遠に食べよ』とな」
随分と人間味の強い神様だな。
まあ、それはどこの世界でもそうか。
「辛く過酷な世界へと放り出されたワシらは、しかし幸運にも脅威に対する術も与えられた。それが魔法じゃ。魔力で『動く』体は、魔力を『使う』体に変わった。皮肉なことに、そのおかげとも言うべきか、本来なら備わっていない能力――――魔法を使える体になった……」
「神様ってのはバカなのか?」
「お、おいチャノス?!」
おいおいチャノス?!
心の声とテッドがチャノスを止める声がダブる。
その表情や語り口からして、信心深いように思える
しかし普段の皮肉屋ぶりを発揮するチャノスは不満気だ。
「だってそうだろ? 罰を与えるつもりが人間に武器を与えてるじゃないか? 楽園を食われたことといい、ちょっとバカなのは間違いなくないか?」
ど、どしたん、チャノス?! 不機嫌やん!
これに神経を冷やしたのは俺だけじゃない筈。
「ふふふ」
しかしドゥブル爺さんから漏れた笑い声に、最悪には至っていないようだと、それぞれが息を吐く。
まさに大人の対応をするドゥブル爺さん。
お、俺だってそうしたね、ああそうしたとも。
小生意気なクソガキをギャフンと泣かせるために笑顔で流したさ、勿論。
「……師匠」
不満を持続させるチャノスにドゥブル爺さんは鷹揚な頷きを返す。
「そう、そうだな…………しかしそれは、魔力というものを知らんからそう言える。魔法が使えることは、罰の副産物に過ぎん……もしくは慈悲か。…………問題なのは魔力が減っていく、ということにある」
「……魔力が減ることが、罰になった?」
ターニャ、起きてんならもたれ掛かるのやめてくれる?
「そうじゃ。なかなかに鋭い。――――ワシらの体には常に魔力が流れておる。食べ物を食べ、ゆっくりと眠ることでそれを吸収、維持しておるが……一度魔力が減っていけば、それだけ死に近づくことになる」
死ぬという言葉にアンが怯えを見せる。
「し、死んじゃうの? ま、魔力が無くなると?!」
いや、そんなわけがない……。
しかし俺の思いとは裏腹に、ドゥブル爺さんは頷きを返してアンの言葉を肯定した。
「完全な消失は、その者の終わりを告げる。……しかしそこまでは行かんよ。魔力というのは流るる命、その根源でもある。元よりの魔力から掛け離れれば掛け離れる程に――――苦痛が先に生まれよう」
「えと……つまり、なんだ? チャノス?」
「あー……つまり、死ぬ前に苦しくなって留まる……ってことじゃないか?」
…………なんか聞いたことある話だな?
冷や汗と共に『どうせ神話でしょ?』という言い訳が頭を巡る。
……ああ、そうか。
今、分かった。
違和感の正体。
ドゥブル爺さんは伝説を話しているというより――――昔語りをしている雰囲気なのだ。
「自分の持つ魔力量が半分を割ると、体が拒否反応を起こし始め、ありとあらゆる苦痛に見舞われる。これはどんな巨大な魔力を誇ろうとも起こりうる摂理――――神が与えし罰なのじゃ」
魔法が与えるリスクを、しっかりと存在するものとして話している雰囲気なのだ。
ノンフィクションでお届けなのだ。
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