第66話


 魔法っていうのはもうちょっと勿体付けて教えるもんだと思ってたよ。


 それは他の幼馴染達もそうだったらしく、酷く驚いている。


 長く厳しい修行の末に――――というのが俺達の共通見解で、こんな今日の晩飯を告げるレベルの伝え方をされるとは思ってもみなかった。


 そもそもテッド達がした弟子入りというのは『冒険者ドゥブル』に対してであって『魔法使いドゥブル』に対してではない。


 魔法を教えて貰う気ではいたようだが、聞いていた魔法使いの徒弟制度はとても厳しいものなので、とりあえず元冒険者として色々と教えて貰う方向で決着が着いた、と幼馴染会議のあとにテッドは言っていた。


 つまり『あわよくば』狙い。


 チャノス辺りの提案だろう。


 テッドは魔法を覚えることに意欲的だったので、魔法使いとしての修行でも構わなさそうに見えたけど、厳しいと評判の魔法の訓練を嫌ったチャノスが冒険者という言葉で巧みに誘導した結果だと思う。


 幼馴染間の話し合いを経て弟子入りを申し込んだテッド。


 まさかの大成功。


 やはり『冒険者の師匠として』というのが大きかった、と俺達は考えていた。


 『魔法使い』ではなく。


 だってそうじゃない?


 軽々に教えられるもんでもないだろうし。


 内容が内容なだけに、本来ならお金に変えられない価値がある。


 千人に一人の才能なのだから。


 それでも属性の判別をして貰っているのを見た時は、上手いことやったもんだなと感心していたのに……。


 ドゥブル爺さん的に魔法っていうのは晩飯の献立レベルなのか?


 そんな冒険者の師匠の最初の修行というのは、『基礎体力をつけろ』、という至極全うなものだった。


 一年みっちり……付き合わされたよ。


 ドゥブル爺さんの冒険者修行は恐ろしく機能的なもので……。


 それぞれの限界値を、それと知らせずに測ったドゥブル爺さんは、月々の体力測定みたいなことを始めた。


 課題は、その値の毎月の更新だった。


 それ以外は特に大きな制約もなく、割と自由に体力作りや筋トレをさせてもらえるストレスフリーな弟子環境で、遊びの延長みたいな楽しさがあった。


 属性の判別や基礎体力の公開など、ドゥブル爺さんは弟子のやる気を見事に操作してみせた。


 毎月の更新も、成長期にあって伸びない理由がなく、テッド達はなんなくクリアしていった。


 自信を深める結果になっただろう。


 特に楽しそうだったのが、アンだ。


 意外に思っていたのだが、体を動かすことに関しては幼馴染一だっただけあり、どうやらドゥブル爺さんの修行は性に合ったようで、自身の成長を面白がっている節があった。


 ……付き合わされる身としては楽しくもなんともないのだが。


 時間も距離も決めず延々と走らされるのは拷問って言わないの? 言わない? ……そう。


 こちらとしての収穫は……属性の判別方法ぐらいだろうか?


 走る喜びに目覚めたアホに延々と付き合わされてぶっ倒れていた時に、テッドが話の流れから属性の判別をして貰うことになったのだ。


 最初は何をやっているのか知らなかったけど。


 とりあえず酸素しか求めていなかったので。


 後々になってそれが属性の判別をしていたと分かるのだが……。


 テッドの背中に手を置いたドゥブル爺さんが、厳しい表情を更に厳しくして集中し始めた。


 するとあの紫のオーロラが、ドゥブル爺さんの手を伝ってテッドに纏わりつくじゃないか。


 激しく噎せたよ、そりゃそうでしょ。


 それが属性を判別する方法なんだそうな。


 と言っても、それで分かる属性は本人の資質に左右されるらしく。


 ドゥブル爺さんが判別出来る属性は『火』と『水』なんだとか。


 基本的に自身が使える魔法の属性は判別が出来るらしい。


 ドゥブル爺さん水魔法使えんの?!


 そう思ったのは俺だけじゃなかったようで、自身の属性が『水』だと伝えられたチャノスが興奮しきりに、珍しく「見せて欲しい!」と無理を承知でお願いしていた。


 生み出されたコップ一杯の水は、やけに噎せている年下の男の子に授与された。


 属性の判別を受けたのは当時の九歳組で、俺とターニャとテトラは遠慮した。


 ターニャが断わってくれたことで、俺も断わりやすくなった。


 テトラを除くと『俺だけ』と浮くこともなく自然に『年下だから』という空気にしてくれたし。


 冷や汗が濁流だったのを覚えている……いやあれは強制的にマラソンに付き合ったせいでもあると思うけど。


 結果として、『火』属性をテッドが、『水』属性をチャノスが、それぞれ得ていると判明した。


 身のこなしナンバーワンのアンといい、それぞれがそれぞれの自身に繋がるようなものを得ることが出来たおかげで、揉めることなく、ニ年目から教えられている冒険者としての知識の取得にも真面目に取り組んでいる冒険者ガチ勢。


 非常に順調である。


 ……いやほんと順調じゃない? あいつら冒険者になっちゃうよ?


 なんせ三人中二人が十人の壁を突破していたと判明したのだ。


 ちなみにケニアも属性の判別を受けたが、結果は残念ながら『火』と『水』ではないというものだった。


 アンもそうなのだが、アンと違ってケニアは全く残念そうじゃなかった。


 まあ大抵の人間に属性は無いのだから、九割の方だと判別されたところで……という意識もあったのだろう。


 テトラやターニャに至っては興味も無さそうだったし……。


 …………ま、魔法……なんだけどなぁ。


 価値観の違いに挫けそうだった。


 そんな幼馴染達だったが、いざ魔法を教えると聞かされると、さすがに衝撃が強く、驚愕を隠せないでいるようだ。


 今や注目は芋ではなく爺さんが一手に集めていた。


「い、いつからですか?! 師匠!」


 師匠呼びが定着し始めたテッドが興奮しきりに立ち上がる。


「今からでもいいが……」


「今から?!」


 チャノスが口にしていた芋をポロリと零した。


 …………きゅ、急展開が過ぎる。


 窮地の対応に自信の無い俺は、ピンチに適性がある幼馴染を横目で確認した。


 チャノスの落とした芋を拾おうとしていたので堂々と腕を掴んで止めるに至った。


 やめなさい、これあげるから。


 とんだけ腹ペコなんだよ、それどころじゃないだろ。


「す、凄い! 凄いよ! これでテッドとチャノスも魔法使いになれるの?!」


「え? あれ? 魔法? うん……凄い……けどあれ? 魔法使いって?」


 喜び強めのアンと困惑強めのケニアがとても対象的だ。


 ま、まあ? 魔法の修行を受けるのは、属性がハッキリしているテッドとチャノスだけだろうし、俺は関係がないのだから慌てる必要もないんだけど……。


 既に魔法が使える俺が魔法の修行とか、何が起こるやら分からないからなぁ……。


 そんな内心を落ち着かせようとしている八歳児に、ドゥブル師匠は無惨にも告げた。


「落ち着け、そう心配せんでも昨日今日始めたからといって直ぐに使えるようになるもんじゃない。そうだの…………まずは魔力の使い方……いや理解から始めるか。それなら属性は無くとも覚えられるじゃろ。――――皆で」


 ターニャ様?! ターニャ様どうぞこの窮地を脱する策を私めにお与えください! ターニャ様? あれ? ターニャ様?! 生け贄は既に与えたと思うんですがター……まだ食うんかい!


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