第65話


 テッドとチャノスが固まるのを余所に、俺達は掛けられた声に顔を上げた。


 大木の向こうからやって来たのは村唯一の魔法使い。


 ドゥブル爺さんだ。


 しっかりとした足取りと勘違いされやすいいかめしい顔付きは健在で、しかし取っ付きやすくなった雰囲気がそれを中和している。


 今の掛け声なんかもそうだろう。


 前だったらムッツリとただ眺めるだけに留まっていた筈だ。


 幼馴染達の反応が、今のドゥブル爺さんのそれぞれに対するポジションを表している。


「こんちには!」


「こんちにはー」


 しっかりと声を出して挨拶を交わすアンとケニア。


 目を合わせて頭を下げる俺とターニャ。


 こちらの返事に対して軽く手を上げて応えるドゥブル爺さん。


 まさに近所に住むお爺さんとの交流。


 敬意や畏怖は常にあるのだが、会話を交わしやすくなったな、とは思う。


 そんなドゥブル爺さんを見て、汗を掻いているのは二人だけ。


 焚き火に芋を当てて固まってしまったテッドとチャノスだ。


 今が修行中なのだと思い出したのだろう。


「……ちょっと待っていろ」


 こちらの様子を確認すると、今来た道を戻り始めるドゥブル爺さん。


 充分に離れたところで、テッドとチャノスが息を吹き返した。


「…………ふぅ〜〜〜〜〜〜、焦ったぁ」


「…………いや、師匠怒ってなかったか?」


「え、そう?」


「そんな感じしなかったわよ?」


 悪さを見咎められた子供っぷりを発揮しているのが幼馴染男子で、それに平然と切り返しているのが幼馴染女子だ。


 なんだか感慨深いものを感じるなぁ。


 イタズラがマズいことだと理解し始めたテッドとチャノス、度胸が付き始めたアンにケニア。


 それが昔とは真逆の反応を生んでいて、なんか面白い。


「芋はマジぃよ、芋は……」


「まだ食べてないよ?」


「そうじゃなくて……」


「どうするテッド? ……直ぐに謝りに行っとくか?」


「お芋食べてからにしなさいよ。せっかく焼いてるんだし」


「焼き立てが美味しいよ! あ、冷めてもそれはそれで美味しいよ!」


「……い、いや、そういう話じゃなくてだな?」


「……もういい?」


「まだよターナー。しっかり焼かなきゃ真ん中が固いままなのよ」


「そうそう! お料理習った時に教えて貰ったの。知らなかったよねぇ?」


 いやほんと、成長が会話に表れてるなぁ。


 特にターニャ。


 昔なら問答無用で齧っていた筈。


 天才なのか食いしん坊キャラなのか分からないところがあったから。


 ふと見上げれば大木の上の方に赤い実が生っていて、あれを角材で落とすべく奮闘したらしい誰かさんを思い出す。


 …………落ちたら死ぬんじゃない?


 誰が言ったか、天才となんとやらは紙一重。


 至言だと思うよ。


「……なに?」


「いや……お芋が美味しそうだなぁ、ってね?」


「そうかな? えへへ」


 アホが食いついてくれたので、聡い子に心を読まれずに済んだ。


 台所からチョロまかしたんだと自慢げに話すアンに今は笑顔で対応……なんだって?


 アンのお母さんは、確かうちの母を強化したような肝っ玉母ちゃんだったよな?


 完全にバレていて後で泣きながら頭を下げることになるとも知らずに嬉しそうな幼馴染。


 ……収穫した大根を差し入れてやろうと思う。


 夕食のおかずが一品減らなきゃいいけど。


 そろそろ芋も焼けようというところで、ドゥブル爺さんが戻ってきた。


 なんだかんだと焼く作業を続けていたテッドとチャノスは逃げられない。


 食材を無駄にしないための教育なのか……ただの食い意地なのか……。


 アタフタとする二人を眺めるのは面白い。


「……これを掛けて食うといい」


 しかしドゥブル爺さんがくれたのはお叱りの言葉なんかじゃなく、小瓶に詰めた…………塩だった。


 相変わらずの良い人っぷりだ。


 こっちの世界の食材は……なんというか旨みが強く、調味料無しでも満足感が段違いなのだが、あったらあったで美味しい。


 ありがたく頂こう。


 貰った塩を芋に掛けて手渡しで幼馴染達に回していると、ドゥブル爺さんが輪に加わってきた。


 その様子に怒られることはないと判断したのか、テッドとチャノスも安堵している。


「ハハ……野営の練習にちょうどええ。肉が無いのは残念だがの」


 イタズラが成功したような笑顔を浮かべるドゥブル爺さん。


 こういう茶目っ気が昔との違いだろうか?


 ……いや、突然夜に薪持って来てたりしてたから、割と地のような気もするけど。


「もう焚き火はバッチリだぜ!」


「野営中は他にどんな作業がありますか?」


 勢い込むのは男弟子二人。


 もう一人の女弟子は塩加減の方が重要そうである。


「焦ることはない。一つ一つで良い……」


「でもまだ時間あるし……」


「次に何するかだけ聞いててもいいですか?」


 含蓄のある言葉に、しかし冒険者になることに貪欲な二人が喰らいつく。


 若者特有の押しに負けたというわけではないのだろうけど――――なんの前触れもなく、ドゥブル爺さんが爆弾を投下した。


「次は……そろそろ魔法でも教えておくか……」


 ターニャ以外の幼馴染達の驚き声が辺りに響き渡った。


 ――――俺も含めて。


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