第60話


 三編みにした赤茶色の髪を肩から垂らす美少女が、俺とターニャの傍に駆け寄ってきた。


 売店の中から出てきたので、ターニャが来ていないかと聞き取りでも行っていたのだろう。


 出るとこは出て、引っ込むところは引っ込むという、世の女性が羨むようなプロポーションの少女だ。


 これで未だに成長期と言うのだから将来が末恐ろしい。


 唯一の欠点と言えば、三年前から変わらない運動能力ぐらいだろうか?


 のんびりと待ち受けているが、ターニャが本気で逃げる気なら捕まるようなことにはなるまい。


 未だに半袖半パンの俺やターニャと違って、ロングスカートに髪留めというオシャレにも目覚めている。


「やあケニア。今日も元気だね?」


「もう! すっごい探したんだから! おばさん怒ってるからね! こんにちは、レン! あたしはいつでも元気よ!」


 繋げて喋るから俺が怒られてるみたいじゃん。


「あーう」


 ねえ?


「ああ、モモ?! やっぱりターナーだったのね? こら! ターナー! ダメじゃない、勝手に連れ出したら!」


 ケニアの一部分に手を伸ばすモモちゃん。


 残念ながらご希望の品ではないと思う。


 ……というか、時間的にお昼ご飯は食べたでしょ? なんだかんだで似た者姉妹だよなぁ。


 ガミガミとお説教を続けるケニアに、ターニャは――――タイミングを見計らってプイッと首を逸らした。


「なっ?! こっ〜〜〜〜〜〜〜〜の!」


「落ち着いてケニア。からかわれてるだけだから」


「余計に悪いわよ?!」


 ああ、そりゃそうだ。


 ただ逃げ出さないことといい、素直に連れられて帰る選択といい、ターニャも悪いことをしたという自覚はあるのだろう。


 だから照れ隠しじゃないけど……単に知り合いに会って甘えたいだけなんだよ…………たぶん。


「……はぁ、もういいわ。早くおばさんのとこ戻って謝りましょう? あたしも一緒に行ってあげるから」


「ぶっ、あー!」


「ほら、モモもこう言ってるじゃない?」


「ああ、モモちゃんもこう言ってることだしさ」


「……これはレンから逃げられなくて不満なだけ」


「「そうなの?」」


 赤ん坊が何を言いたいかなんて分かるもんなの?


「……わかった、行く」


 まあ最初から行ってたわけなんですけどね?


 三人、じゃなく四人で連れ立って歩き出してから直ぐ、そういえばと言わんばかりにケニアが声を上げた。


「レンは今日、用事があるんじゃなかったの? あ、暇になったのかしら。だったら……」


 ギクリと心臓がハネる。


「い、いや? 暇じゃないよ暇なわけないよそんなわけないよ。い、今、収穫作業の途中で……まだまだ半分も終わってないんだけど、ほら! モ、モモちゃんが来ちゃったから……」


「そうなの? もう〜、ほんとにダメじゃないターナー? 仕事の邪魔したら。……でもレンも仕事ばっかりしてちゃダメよ? レンは昔っからそうだけど、真面目が過ぎるのよねー」


 まあ、大人なので。


「んー、偶には息抜きも必要なんじゃない? あたし、このあと――」


「あ! そういえばターナー!」


 させじ! と声を被せてケニアの発言を遮る。


 言わせてはならない…………何故って? ――――頭痛くなるからだ。


 酸素欠乏で。


 しかし話し掛けたのはいいが特に聞きたいことがあるわけではない。


 ケニアに見えないようにターニャに必死のアイコンタクト。


 モモちゃんが真似して瞬きを繰り返す。


 頼むよ天才、天災から俺を救って!


「……そういえば、話してなかった」


「……何を?」


 こちらの意図を読み取ってくれたターニャの発言に、ケニアが疑問を呈す。


 やや不満そうな顔だ。


 一人仲間外れの様相が気に食わなかったのか――――もしくは思惑通りにいかなかったことが不満なのか。


 話が逸れてくれるのならなんでもいいけど。


 ……ところで話してなかったことってなんだろう?


 俺も置いてけぼりです。


「……ケンカの理由」


 ああ、そういえば聞いてなかったね? 散々愚痴は頂いたけど、聞き流してたし。


「そうなの?」


「……そう」


 首を傾げるケニアに頷くターニャ。


 ケンカが理由で家を飛び出してきたのなら、その内情を知って貰いたいと思うのは当事者にとっては当たり前の想いだろう。


 これこれこうなんだけど、私って間違ってないよねぇ? ――――的な?


 しかしそこはターニャさん、気持ち優先というか、とにかく母親について喋りたいことを喋っていた。


 畑作業の時に前屈みが過ぎて顔から突っ込むとか、スープを作る時に火を着け忘れて水に材料が浮かんでいただけとか、他にも似たようなエピソードを色々と…………ターニャの母ちゃんってドジっ娘なの?


 聞いてて面白かったから「ケンカの理由……どれ?」とは突っ込まなかったけど。


 どうやらその中のどれでもなかったらしい。


 ……なんだったんだよ、あの愚痴は。


 呆れたような表情を浮かべるケニアに同意だ。


 だからといって、今更知りたいとも思っていないのだが……。


「チャッチャッと話してあげなさいよ。レンも気になってるわよ?」


 いや?


 しかしこれでケニアが出そうとしている話題を有耶無耶に出来るというのなら! と興味深そうなフリをする。


 ……まあ、ターニャにはバレているんだろうけど。


 ケニアに促されたターニャが頷いてから口を開く。


「……お母さんが」


「やほーい! ケーニアー! ターーナーー!」


 三度みたび掛けられた声に、結局ケンカの理由は分からず仕舞いだった。


 ……人の話を聞かない村だな、ほんと。


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