第二章 神居奇譚

第57話


 夏の暑さも過ぎ去ってしまえば恋しく、今はまだ涼しいと言える気候が我が村にも到来している。


 今年もボチボチ収穫祭の時期だ。


 畑から見上げた空は抜けるような青空で、胸がすくような気持ちにさせてくれる。


 湾曲した雲の形を見ていると、まるで空から何かが落ちてきたようにも感じる。


 ――――雲を貫いて。


 …………なんてね?


 ちょっとファンタジーに毒され過ぎている気がする。


 気をつけねば。


 このままでは十四歳になると掛かる言われている病に罹患してしまう可能性すらありうる。


 い、嫌だ! 嫌だぞぉ?! を人生に再び遺せというのか?! 絶対にノーだ!


 前の体に残してきた黒い歴史を『今はもう違うから? 別人ですから?』といつもとは真逆のポジティブシンキングで抑え込み収穫作業に戻る。


 なんとびっくり、今では畑を一つ任せて貰えているのだ。


 出世ですよ、出世!


 足元には元気に四方へと飛び出した葉っぱが、その存在を主張している。


 ニマニマしながら葉っぱを掴み、一思いに引き抜くと、地中から白くて太い立派な根菜が出てきた。


 う、上手くない? これ絶対に美味いでしょ? 凄いでしょ? 綺麗でしょ?!


 将来口説くことになる女性への褒め言葉は『君の肌ってダイコンみたいだね』で決まりだろう。


 やべぇ。


 うず高く積まれたダイコンの山にまた一本……詰まった物を作ってしまった。


 ニマニマが止まらない、ニヤニヤに進化しそう。


 傍から見たらどうだろう?


 自分で作った野菜を見ながら粘り気のある笑みを見せる子供っていうのは。


 『ここの家の将来は安泰だなぁ』で間違いないと思う。


 おっといかん、冷静に為らねばうへへへへ。


 こうなってくると水田にもチャレンジしてみようかな? なんて欲が湧いてくる。


 未だ見ぬ稲穂への挑戦。


 あるかどうかは分からない。


 しかし……て、手柄が欲しいのだ! 新しい分野の開拓に成功して、もっと認められたい! もっと欲しい! 充実感!


 米への思い? ああ、あるある。勿論あるよ、米いいよね米(棒)。


 意外と出来そうな気もするんだよな……水田じゃなくても。


 土と水の魔晶石を使えば出来ちゃいそうな……ズルいよなぁ、異世界。


 しかしやはり米を作るなら水田だろう?


 なんとか村を拡張して川の傍まで広げられないものか……。


 そんで美人の嫁さん貰って川の傍に新築一戸建てですよ。叶う! 異世界にて一家の大黒柱化が!


 エヘラエヘラしながら今度は赤い根菜の山を積み上げるべく隣りの畝へと移る。


 畑の広さに限界があるので作っているのは二種類だ。


 任された畑の方は手伝いを断って一人で収穫している。


 別に気持ち悪い笑顔を見られたくなかったとかじゃないからね? 達成感とかそういう理由ですよモモモモチロン!


 ちなみにの作業なので、時間に焦る必要はない。


 天気も崩れる気配がないので、なんの心配もない。


 ――――チャノス家の小屋溜まり場を卒業してだいぶ経った。


 今ではそれぞれがそれぞれの家の手伝いをしている…………筈である。


 いやテッドとチャノスはしてないな、卒業って言っても村にはいるわけなのでお互いによく会うし暇な時に遊んでいるので内情は知ってる。


 アン、ケニア、ターニャの女の子組は、普通に畑のお手伝い。


 しかしサポート程度、今はまだ知識を入れているような段階だ。


 一人だけ段違いで必要が無さそうな娘がいるけど……そこはそれ。


 確かアンの知恵袋として引っ張り出されていると愚痴を零していた。


 この数年でアンと――――特にケニアは見違えるばかりに成長した。


 外見は、だけど。


 ……もう一人は、うん、しゃーないと思う。


 だって俺もターニャも歳が三つも下なんだし。


 時たまケニアの一部分に向ける視線が羨望というか絶望というか……母親を見て道端でふて寝噛ますぐらいにはいつも通りというか。


 あの娘は本当によく分からんよね。


 専ら午前中は家の手伝いに励む面々。


 テッドとチャノスは……これがよく分からない。


 村長業務とか売店業務とかのサポートでもしてるんだろうか?


 この二人について知っているのはからのことで…………頭の痛くなる内容なので後回しにしよう。


 テトラは大天使アークエンジェル、間違いないね。


 …………ただテトラも最近は…………い、いや待て! そう考えるのは早計だろう! 早計さね?!


 テトラの年齢を考えれば、ようやく溜まり場小屋入りといったところなのだが、何を思ったのか下の年代の子達と遊ばないという。


 これにはテッドが酷く焦っていたので覚えている。


 そうそう、テッドとチャノスと言えば、だいぶ背が伸びた。


 それはもうグングンと。


 前の世界を思えばヒエラルキーの最上階に住んでいそうなイケメンっぷりだ。


 …………ああ、そういえば村でもヒエラルキーの最上階だわ。


 次代の村長と商家の若旦那なんだから。


 あの二人の悪ガキぶりには、時々そういうこと忘れてしまう。


 そうだよなぁ、小屋を卒業して…………確か三年ぐらいが経つもんなぁ。


 偽冒険者事件から次の収穫祭を機に、俺達は小屋に集まらなくなった。


 テッドとチャノスとアンとケニアが八歳になったからだ。


 習慣というわけではないそうだが、大体の農家は八歳を目処に子供に仕事を手伝わせ始めるんだそうだ。


 といっても農家確定というわけではなく、将来の選択肢として自分の子供に自分の仕事を仕込むんだとか。


 早い、と感じるのだが……教育だと思えば前の世界ともマッチしてしまうので困る。


 ケニアが読み書き計算に意欲的だった理由も分かる。


 を見据えてるのだろう。


 …………よっぽど大人だよ、そんなに慌てて大きくならなくてもいいのに。


 そんな不満というかモヤモヤした想いが形になる――――前に、誰かから服を引っ張られた。


 非常に弱々しく。


「あぶぅうう!」


 継いで上がった声に慌てて振り向いた。


 そこには――――赤ん坊を抱えたターニャがいた。


「ターナー?!」


「……そう」


「んでモモちゃん?! また?!」


「……そう」


 ダミだよ?! 勝手に連れてきちゃ!


 毎回言ってるでしょ?!


「あっ、……ぶぅ!」


 そう、危ないんだよ?!


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