第56話
収穫祭というのは、一年の無事を祝うお祭りだ。
ハロウィンだよハロウィン。
時期的に見ても間違いない。
イタズラしてもお菓子を盗っても怒られることに間違いないけど。
冬籠りの前に、皆でパーッとやりましょう、というのが、このお祭りの目的。
村の畑でキャンプファイヤーをしながら飲み食いする、ってだけのお祭りだ。
肩肘張るようなものでもない。
では何故こんなに憂鬱なのか。
そりゃもう決まってるでしょ?
激オコ中の誰かさんに、ずっと無言のまま見つめられるというスピリチュアルアタックを受け続けなければいけないからだよ……。
ターニャさんは俺を許してくれていない。
いや分かる、俺が悪いんだよ?
でも距離を取るわけでもなく、関わらないわけでもなく、常にいつも通りの状態で話し掛けても無言っていうのは、ね…………いや、くるわぁ。
想像以上に。
他の幼馴染の面々も、これは何かあったな? と何くれとなくフォローしてくれているけど……ターニャ様のお怒りは収まらず。
そろそろ胃に穴が空きそうな事態でして……。
気にしてないのはテトラぐらい。
いつもの三倍は癒やしてくれる。
間違えて持って帰っちゃうところだったのは記憶に新しい出来事で。
珍しくテッドが慌てていたので、兄妹仲は良好のようだ。
そんなテッドが俺を連れてやってきたのは、村最大とも言える畑。
テッド家の畑だ。
いざとなったらここを削って建物を建てるらしいので、ぶっちゃけ管理が大変で損しているようにも思えるのは、村で暮らさなければ分からないことだろう。
そんな畑でキョロキョロと挙動不審な隠れ三十歳児。
連れてきたテッドも苦笑いだ。
じゃあなんで迎えに来たんだよ?! もう親と一緒でも良かったのに! 暗がりに消えちゃうような親と一緒でも! やっぱ良くないわ! ありがとう!
落ち着けよとばかりに肩を叩くテッド。
「安心しろよ、今日は女とは別行動だから」
「テッド兄さん……」
好き。
「お、おう。いや、間違ってないんだけど……やめろよ、なんかすっげぇ気持ち悪ぃ」
ごめんな? お前のこと気遣い皆無のクソ坊主とか思ってて。
ほんのちょっとぐらいはあったんだね? 奇跡のような確率で。
テッド家の畑は既に午前中から開放されているようで、其処此処に村人が見受けられた。
出店のようなものは無いのだが、振る舞い酒や無料の食事が村長から提供されるので、割と盛り上がる収穫祭。
極めつけはやはりキャンプファイヤーだろう。
材料となる木は存分にあるとばかりに立派な物が畑の中央に聳え立っている。
夜になると火を灯し、ここの周りで踊るのだ。
どっかの海賊みたいに。
初めて見た時は生贄にでもされるんじゃないかって思ったなぁ。
生は迫力が異様なんだよ……。
ちなみに火付け役はドゥブル爺さんが担う。
今年は…………どうだろ?
分からない。
ドゥブル爺さん……ついでにエノクやマッシは無事に元の生活へと戻っている。
怪我の後遺症は無いようで、俺も安心した。
しかしドゥブル爺さんの元気が無くなったように感じるのは、俺の気の所為じゃないように思える。
体におかしな点はない……たぶん。
やはり回復魔法に不具合でもあったのかと心配になった時もあった。
傍目に痛みを感じているような様子は見受けられないが……なんだろう?
チャノスやアンが感じているような『怖さ』が無くなった。
丸くなったと言い換えてもいいのだが……やはり『元気が無い』と思ってしまうのは露出が減ったからなのか。
そう、ドゥブル爺さんを外で見掛けることが少なくなった。
三日に一度ぐらいの割合で水汲みに来なかったり、畦道でやっていた薪割りを別の誰かに頼んでいたり。
――――ふと見掛けた背中に『老い』を感じたり。
そんなことが、何故だか無性に寂しく思う。
気が付けばドゥブル爺さんは……そう、爺さんだ。
爺さんなのだ。
魔法という強いインパクトに隠れていたが、老人だったんだな、と印象付くようになった。
だからと言うわけではないのだが……今年は火付けをやらないのでは? ……なんて思ってしまう。
「ねえ、今年の火付けもドゥブルさんがやるんだよね?」
気が付けば、不意に口を開いてテッドに訊ねていた。
「え? うん。いつもと同じだろ?」
しかしテッドはあまり興味が無い様子でチャノスを探している。
……ああ、そういえば子供ってそうだよな。
気にしないし。
――――気にされたくもないよな?
ドゥブル爺さんの
「レン、ちょっと待ってろよ。チャノスがいねぇんだ。たぶん酒でもチョロまかそうとしてんだよ。俺も行ってくるから」
学ばなくていいところを偽冒険者から学んだか……。
……いや、この年頃だとそんなに変でもないか。
マズい、苦い、までがワンセット。
幼馴染達が浮かべるであろう表情を想像しながら、ふと懐かしい気持ちが蘇る。
「うん、いいよ」
「おう! ついでに肉も貰ってくるからな!」
意気揚々と人の群れに向けて走っていく幼馴染を見送り、人混みから離れて適当な木陰へと腰を降ろした。
……約束だったからなぁ。
収穫後の畑で村人が祭りの準備をしている。
少し早めの乾杯をしている男達が女達に怒られ、ユノがお店から持ってきた食材を鍋で煮て、子供達はそれを狙いながら――――しかし誰もが楽しそうである。
笑顔を浮かべている村人を眺めていたら、
「思えば遠くに来たもんだ……」
「遠く?」
「うん、遠く」
「何処から来たの?」
「果てしなく遠いところ」
「わたしも行ける?」
「いつかは」
「……一緒に行ける?」
「望めば」
「行かないでくれる?」
「分からない」
「……そう」
驚きは無い。
魔法を使っていない時の俺は、どうにも役に立たない五歳児だから。
だから――
木の裏に隠れていた誰かになんて――――気付けない。
……気付けないさ。
しかし顔を見せない誰かさんに、言っておかなければ、とも思う。
「ごめんな?」
返事は無かった。
立ち去ってしまったのか沈黙を貫いているのか――――はたまた幻だったのか。
それは誰にも分かるまい。
――――――――第一章 完
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