第55話
少しばかりの肌寒さを感じるようになってきた。
収穫を終えた畑の中で一人、抜けるような青空を見上げている。
……今日もいい天気だな、ちくしょう。
育てた豆の蔓を畑の中に放り捨てながら、収穫し残した豆がないかと見分を続ける。
畑の栄養だからと野菜の皮や植物の蔓なんかは割と畑に投げ捨てる習慣がある。
だからってゴミを捨てているわけじゃないのだが……。
微妙に『いいの?』って思うよね?
これってこの世界だけの常識? あっちでも割とそうだったりする?
分からない……そして比べることは出来ない。
石灰を撒いたり腐葉土がどうのという知識は、全て土の魔晶石で解決出来るので、こういうことはあまり鵜呑みにしないほうがいいのかもしれない。
……まあ、元の世界に帰れたところで、農業をやる予定なんてないんだけどね。
中腰の作業をずっと続けるのは腰への負担が大きく、偶に立ち止まって背筋を伸ばすついでに空を見上げたりなんかしている。
秋晴れの空に雲は無く、今日一日の晴天を保証してくれているようだ。
雨が良かったなぁ。
あの日、助けてくれたように……今日もまた助けてくれないかなぁ、と空に願ってみる。
あの日、あの時。
ボロボロの体なのに爆炎を真正面に食らって、必死の回復魔法で立て直した後――――気付けば傷顔の男は消えていた。
さすがに俺を抜けて村へ行った様子は無かったが、死んだとも思えない。
爆炎を――『火』の魔晶石を投げた角度からして東へ向かったと思われる。
正確にはやや南寄りだろうか?
残っていた痕跡から予想は出来ても、事実は判然としなかった。
炎が奴の痕跡を焼いたからだ。
ギリースーツを解いて命からがら助かった俺はともかく、森に燃え移った火は勢いを増すばかりで、恐らくは残っていた火の魔晶石の力が働いたのだろう。
便利さも時々だ。
このままでは村に被害が及ぶと判断した俺は水魔法を使用。
バケツ三倍分の水がバシャリ。
まさに焼け石に水ってやつだね?
アホかと。
あの時ばかりは心底魔法が嫌いになったよ。
しかもその段階に至って、魔力の減少に伴う頭痛がひきつけを起こさせる程になっていて、軽々とした魔法の使用を躊躇させるというのだからお察しである。
無駄な足掻きっぽい感じがヒシヒシと伝わる状況だった。
しかしここを越えねば解決はありえない! ――――と、覚悟を決めた時だった。
ポツリポツリと雨が降り出したのは。
直ぐにその激しさを増した雨が、瞬く間に火事を鎮火してしまったのだ。
助かった、という思いだけがあった。
傷顔の男の痕跡も完全に消えてしまったが、ただただ達成感ばかりがあって――――俺は脱力してしまっていた。
……当初の目的は終えたじゃないか、もう出来ることはない。
――――帰ろう。
そう考えたのは、熱でフニャフニャになった頭だったからなのか、経験したことのない緊張の連続でタガが緩んでしまっていたからなのかは、分からない。
気付いた時には――――自宅の寝床で横になっていた。
両親が言うには、鼻血を出しながらドロドロの状態で家の近くに倒れていた、とのこと。
まあ怒られるよね?
しかし、なんでも出向してきた冒険者が賊だったとかで村は大騒動。
子供一人に構っている暇がなかったようで。
割と放置された。
自分で言うのもなんだが、頭の傷や肋骨の異常は回復魔法でなんとかなったし、服はドロドロだったけど目立つような傷み方をしていなかったので、雨に足を取られて転んだとでも思われていたのだろう。
おかげさまで色々とバレた様子もなく、こうして再びスローライフを満喫出来ているわけで……。
うん。
まあ怒られるよね?
具体的には忘れてた幼馴染とかに。
割と、っていうか完全に放置していたターニャさん。
ターニャの方は俺と違って、渦中にあると言いますか……面倒なこと全部押し付けちゃったと言いますか……。
ターニャの手に角材が無くて良かったなぁ、的な?
日頃からターナーの癇癪に付き合っていただけに、思い出した時は顔が青くなったっけ、ハハハ。
そんなターニャさんは俺の秘密を守ってくれているようで。
事情聴取には、
「……分からない」
これを通している。
主にドゥブル爺さんやエノクやマッシの傷が治ったことに対する質問だ。
第一発見者だと思われるターニャが色々と訊かれるのは仕方がないことだろう。
そりゃそうだ。
森には賊が蔓でグルグル巻きのまま放置され、ボロボロだったドゥブル爺さん達は癒やされるという変事。
誰がどう見ても『どうしてこうなった?』と思わずにはいられないだろう。
ほんと、どうしてこうなった?
賊共は、応援としてやって来た本物の冒険者によって拘束された。
領主様にも使いが走り、後日回収という手筈になった。
本来なら盗賊団の壊滅という大仕事、追加の冒険者だけじゃ人手が足りないところなのだが……。
都合のいいことに、賊は親玉が死亡していて手下は全員が身動き出来ないというのだから「……楽な仕事だったな?」と冒険者の人達が漏らす程度には楽な仕事だったようで。
問題はなんでこんな事態になっているのかということで……。
捕らえられた賊やターニャの話を纏めた結果、植物系の魔物が、賊を捕らえドゥブル爺さん達を治した、という結論に至った。
なんでも生きたまま栄養にするために、わざわざ獲物の傷を治すこともあるんだとか。
実際にそういう魔物もいるらしく、この説が最も有力だと押された。
怖い魔物もいたもんだなぁ。
森にいる魔物は――大きな竜巻や火柱を生み、蔓を手足のように操り、捕らえた獲物の傷を治し、なるべく生き長らえさせながら栄養を吸う――そんな化け物であるらしい。
困ったもんだ。
しばらくの間、冒険者が功名心と好奇心から森を探っていたのだが――魔物が見つかることは終ぞ無く、収穫祭の前には元の村の日常が帰ってきた。
心残りは傷顔の男。
トーラスと呼ばれていたあの男の冒険者としての名前は『アンバー』というらしく、ターニャが言っていた冒険者じゃない冒険者というのもこの男のことだった。
この男のパーティーは、既に全滅が確認されている。
街道沿いに捨てられていた遺体から、アンバーの冒険者パーティーのメンバーだという証拠が見つかっていた。
アンバーは本人であるようなのだが……。
その本人証明とギルドからの本物の依頼書が村長達の目を欺くことに一役買う結果となってしまったのだ。
冒険者ギルドからは今回の件についての謝罪と賠償が行われている……らしいのだが。
まあ、そっちは割とどうでもいいよ。
関係のない俺としては、そんなことより傷顔の男の正体の方が気になった。
諸々の真実を掴めていそうなターニャさんに色々と訊きたいところ――――なのだが……。
……怒ってんだよなぁ、ターニャ。
もう凄まじい無視っぷりで、ケニアとアンから女性の扱い方に対して一言貰うという仰天の結果に至っていると言えば……俺の苦労も分かってくれるだろうか?
いやいや、知らないのは子供の扱いですから? 女性って言われても困りますから?
そんな事情を含めつつやって来た収穫祭。
出たくないなぁ、と思うのは自然な流れでして……。
「おーい! レーーーン!」
そこにお迎えがあるのも自然な流れとでも言えばいいのか? あん?
まだ午前中だよ、勘弁してよ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます