第52話


 横殴りの一撃を放った。


 バットのスイングのような。


 手を抜き過ぎてもいけないということをスキンヘッドの奴から学んだ。


 特にこいつは頑丈そうなので、そこまで手を抜かなくてもいいだろう。


 さすがに三倍で殴ったら木っ端微塵になりそうな気配だったので――――節約を含めて魔法のグレードを下げてから挑んだ。


 気持ちは、既に次の相手を見定める段階へと移っていた。


 ――――油断だった。


 木っ端微塵になった角材がそれを教えてくれた。


 返ってきた手応えから手が痺れる。


 ……っの、野郎!


 威勢の良さとは裏腹に次の反応が遅れる。


 その間を突くように――――瞬く間に振り返った毛玉野郎が裏拳を捩じ込んできた。


 飛び上がっていたことで避けられない。


 こいつにとったら次の瞬間に敵が消えて、頭に強い衝撃を受けた筈なのに……?!


 なのに、この対応力、即応性。


 重さのある斧じゃなく速度の乗る拳を使うあたり、こいつがどれだけの場数を踏んできたのかが分かる。


 くっそ、甘く見た!


 ――――だから! この痛みは仕方ないっ!


 角材を振り切って態勢を崩した俺の脇腹に、鈍い衝撃が走る。


 蔓で幾分か衝撃が拡散されて……これか?!


 脳天を突き抜ける痛みと、体の中に響く鈍い音が、ベトついた汗を生む。


 来ると分かっていたから耐えられた。


 しかし咄嗟に折れた角材を毛玉野郎の腕に刺せたのは、勇ましさからというより脅威を排除したいという怯えからだろう。


 なにせ悪手なのだから。


 本来なら殴り飛ばされるという結果に終わっていてもおかしくなかったところ。


 しかし毛玉野郎の腕に角材を刺して


 ダメージに鈍るだろうという考えは、俺の幼さを表している。


 間髪入れず鈍ることなく――――今度は斧が降ってきた。


 咄嗟に引き抜こうとした角材が抜けず、一瞬の躊躇を生んだ。


 強制的に合わされた視線は酷く冷たく――――見たことがないのに、これが『人殺し』の目なんだと強く感じさせられた。


「あ――」


 ――――さん!


「――ああああああああ!」


 ――――――――ばい!!


 冷静さなんて無かった。


 迫りくる『死』に只々恐怖があった。


 角材を握り潰した手で、眼前の――刺さっているのかどうかも分からない――斧を横から殴り砕いた。


「ああああああ!!!」


 計算なんて無く、目の前の腕を砕き、足を砕き、鎧の隙間を狙うという考えすら浮かばずに真正面から毛玉野郎を殴りつけ、崩壊する鎧と共に、やけにスローモーションで飛んで行く巨体を確認したところで――――意識を……いや理性を、取り戻した。


「ハッ、ハッ、ハッ……」


 荒げた息は、疲労からでなく気持ちから生まれたのだと分かった。


 強制的に収められる波のような精神に、反抗するかのごとく苛立つ。



 ――――頭痛が襲ってきたのは、そんな時だった。



 もはや気のせいではなく


 間違いない、何か変調を来たしている……!


 しかし考え込むのは後だ。


 急かされる気持ちのままに残りの賊共も殴り飛ばして気絶させていく。


 装備の上から殴れば、ある程度の加減でもで済み、動きが止まれば蔓での拘束が容易だ。


 頭痛が慎重さを奪っていた。


 ジリジリと|無敵時間が減っていく。


 急速に無くなる魔力は、焦りと共に――――吐き気まで運んできた。


 ――――魔力? まさか……魔力なのか?


 三十人は殴ったと思う。


 咄嗟に倍率を下げて――――未だ空中にあった毛玉野郎が飛んで行く。


 音が、臭いが――――感覚が、戻ってくる。


 頭痛は既に絶え間ないものになっていた。


 酷い船酔いのような症状もある。


 そして――――酷く億劫だ。


 魔力の減少がこれらを起こしている……とは思う。


 魔力を空っぽにした経験なんてのだから。


 そんかバカなわけが…………ない。


 しかし裏付けされた経験とは別に、直感はそれが正しいと告げている。


 いいや原因は明らかだ。


 賊はあと十人程度、残存魔力は三割無い……。


 矢を避けた辺りから三割以上の減少を感じられた。


 今まで、体のに使用した魔法には痕跡が見られなかったというのに……蔓の隙間から立ち昇る紫のオーロラが異常事態を教えてくれる。


 しかし――――十人だ。


 残すところ十人……。


 金属鎧の奴らは優先的に処理したのでもういない。


 ……無理をすればなんとかなりそうじゃないか?


 直ぐそこにあるゴールが思考を短絡的にする。


 眠い、吐きたい、疲れた、帰りたい、気持ち悪い、早く楽になりたい――――


 魔力の減少が不調へと結び付いているにも拘らず、未だに『木』属性の魔法も使っていることも忘れて、自己強化を発動しようと――――


 いてっ。


 ――――鋭い痛みが、手の平を走った。


 手の平も蔓で覆っている……だとしたら、この痛みはなんなのだろうか?


 手を開くと、蔓の隙間から痛みの正体が零れ落ちる。


 ――――角材の破片だった。


 強化の威力を下げたことで、握り締めた木の欠片に僅かな痛みを感じたのだろう。


 咄嗟に浮かぶ、無感情な瞳。


 ――――――――ここに居たら、またジト目を向けてくるんだろうな…………。


 最悪の体調で、最悪の状況なのに――――そのことが妙におかしかった。


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