第51話


 ニュルニュルと上下左右三百六十度何処からともなく伸び始めた蔓に盗賊団の混乱が増す。


 ――――縛り上げろ!


「うわあああ?! ば、化け物だ!」


「この! この! ……うん? あぁ?」


 あれ? あれれ?


 かなりの広範囲から突如出現した蔓に動揺も露わに対処する盗賊団だったが、慌てていたのは最初だけだったようで……。


 各員が持っている武器で近付く蔓を攻撃する間に冷静さを取り戻していった。


 何故か?


「落ち着け! そんなに速くないうえに――斬れる!」


 そう。


 …………そうなんだよ。


 蔓の伸びる速度は、確かに植物としては異常な程に早いのだが……攻撃速度としては見る陰もない。


 咄嗟の攻撃で斬られてしまう程度。


 強度も素手ならともかく刃物には勝てないようで……。


 念入りに生やした毛玉野郎の周りの蔓が、証明せんとばかりに片手で振るわれた斧の一閃で根刮ぎ持っていかれた。


「へっ! 見掛け倒しかよ」


 ううううるせえ?! うるせえうるせえ! その通りですけど何かあ?!


 初手をミスった。


 結局捕まえれたのは気絶しているスキンヘッドだけだった。


 油断から捕らえられた奴も中には居たけど……近くの仲間から直ぐに解放されるという悪循環。


 ヴィジュアルに凝って魔法の選択を間違えるというね…………し、仕方ないさ、戦闘素人なんだから。


「トーラス! もしかして村の奴らが言ってた森に出た魔物ってのはこいつのことかぁ?」


「…………どうかな」


「こいつだろ! ならデカい竜巻を生むって話も……」


「いや、こいつの能力は植物系で……少なくとも風を操る能力を持っているというのは聞いたことがない」


「なんだぁ? …………別の奴かよ。魔物同士で食い合いでもあったか?」


「有り得る」


 魔物が会話を理解する知性が無いとでも思われているのか堂々と話す毛玉に傷顔。


 特に傷顔。


 あいつが知恵袋っぽいな?


 周りへの指示といい持っている知識といい、厄介ではありそうだが……。


 近付いてくる蔓に短剣を振るう様は今一つ強さのインパクトに欠ける。


 四人の偽冒険者の一人なのだが……印象が薄いんだよね。


 恐い顔は恐い顔なんだけど……。


「オラァ!!」


 少なくとも目の前の毛玉野郎よりか実力が下なのは間違いなさそうだ。


 毛玉野郎が放った再びの一閃は、最初の一撃より余裕があるように見えた。


 あの巨大な斧を片手で、しかも軽々と扱いやがる……。


 態度や言動からしても、こいつが首領で間違いなさそうだ。


 なら毛玉こいつをやろう。


 ――――という判断すら遅かったようで。


「ふっ!」


「……ぃ?!」


 一息に詰められた距離に驚いて大きく飛び退いてしまう。


 しかしその判断が正しかったのは鼻先を横切っていった巨大な斧から知れた。


 あっぶ?!


「――――弓ぃ!」


 スキンヘッドの拘束を解きながら毛玉が三度吼える。


 そして飛んでくる矢の雨。


 距離を空けてしまったがために、そこに同士討ちという恐れがない。


 半数が弓持ちだったので予想はしていたが、こうもこちらが嫌がることを重ねてくるとは……。


 経験の差が如実に出ている。


 魔法の選択も『捕まえてしまいたい』――という気持ちが先走ってしまった結果なのかもしれない。


 こっちは態勢も心の準備も出来てないってのになあ?!


 仕方なく切り札を切る。


 己の感覚が加速して周囲の時間を置き去りにする。


 ――――良かった。


 そう思えたのは矢の雨に間に合ったからではない。


 いち早く到達したクロスボウの矢ボルトが眼前に迫っていたからだ。


 まさかの緩急。


 視界の端に居た傷顔の男が、さり気なく腕から放ったようだ。


 ……なんか練度が高くないか? 本物の賊ってそういうもんなのか?


 強制的な冷静さが考える余裕を与えてくれる。


 こいつらは何かがおかしい。


 ただの賊…………じゃない、……のか?



『――――歩き方』



 頭の中で、ターニャの発言が弾けた。


 ターニャは歩き方に嘘があると言っていた。


 ? 


 ターニャ自身を疑っているわけではない。


 しかしそれが物事の本質を突いている気がしてならない。


 冒険者だが、冒険者じゃない、入り混じっている、賊……。


 考えが纏まる前に、ノイズのような――――他の違和感が邪魔をする。


 賊共ではない。


 この静止した世界で動けるのは、唯一俺だけ。


 つまり違和感の正体も――――俺だ。


 僅か……本当に僅かなものだが、のようなものを感じる。


 この切迫した状況で? これだけの危険を前に? ――――死にかけたのに?!


 なんだ? 何を見逃した?


 精神が疲弊したのか? 全能感に酔っているのか? 魔力の残量? 体力が追い付いていない?


 全部『否』だと言い切れる。


 高揚と冷静さを感じとれる、全能感はあるが疑問の方が強い、魔力はまだ半分以上が残っている、疲れてもいない――――


 しかし直感とも言うべき感覚が早期の決着を望んでいる。


 モタモタするな! と叫んでいる。


 ――――余裕はある筈……魔力の減りは早いが心配する程ではない、に付いていける賊なんていやしない…………これか?


 この侮りが気怠さを生んでいるのだろうか?


 だとしたら――――断ち切らなくては。


 直感に従って前に出た。


 そこには――――斧を肩に担ぐ、巨漢の髭達磨が立っている。


 魔力の残量からしても一人ならともかく、四十人を相手取るのは現実的ではないギリギリになるだろう


 こいつを仕留めて魔法を解く。


 こいつ以外なら二倍でも相手取れるという計算の上での考えだ。


 温存しながらやっていこう。


 まだ何が起こるか分からないのだから。


 矢の雨を掻い潜りながら考えが纏まる。


 幸いにして『木』属性の魔法で足止めが出来ている。


 取り零さずに、こいつらを捕まえなくては……。


 村の周りを寝床にされたら溜まらないからな。


 念には念を入れて、髭達磨の後ろに回ってから魔法を解いた。


 こいつにとったら突然相手が消えたように見えた筈。


 余裕っす!


 背後から飛び上がりながら頭に一撃。


 これでこいつには決着が着く――――そう思っていた。


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