第50話


 一、二…………たくさん……たくさんだ。


 見えてきた賊共の数は俺の予想を越えていた。


 数えてみたところ四十はいそうな気配。


 整然と行進しているわけではなく、中には酔っ払ったような足取りの奴もいるので、非常に数えにくい。


 だからたくさん……もうたくさん。


 虚ろな目で今日の昼ご飯に思いを馳せていると、先頭を歩いていた見覚えのある斧持ち――――あの毛玉野郎が足を止めた。


 周りを確認するような仕草にドキッとする。


 …………なんだ? まさか戦士特有の『気配を感じる』とやらじゃないだろうな? おい! そんなのオカルト染みてんぞ?! やめとけやめとけ! もっと現実的に生きてくれ?!


 落ち着こう、現実的に生きられるんなら盗賊なんかになってないだろ?


 自分で自分にツッコミを入れて冷静さを保つ。


 まだ少し距離があるが……どうする? どうしよう? 行くか? 逝くか?


 いつでも飛び出せるように足に力を込めていると、納得したように頷く毛玉野郎。


 振り向きざまに仲間に向かって声を上げる。


「ここで休憩するぞ! 今のうちに出すもん出しとけよ! ウェーバー! テメェは食いもんを出せ!」


「おうさ」


 毛玉野郎の影に隠れていて見えなかったスキンヘッドが、その背中から出てきてズタ袋を開いた。


 どうやら気付かれたわけではないようだと、詰めていた息を吐き出す。


 …………紛らわしいんだよ?!


 緊張から掻いた汗が服に染み込んでいく。


 ――――作戦……作戦が必要だ。


 想像以上の人数に心が少し挫けそう。


 これはもう盗賊共というよりも盗賊と呼ぶべき規模なんじゃないかな?


 一雨来そうな空具合のおかげで、樹上にて見つかる気配が無さそうなことが唯一の幸運すくいか。


 …………もう、ここから魔法ぶち込もうよ……皆鎧とか着けてるから生き残れるって……。


 現実味を帯びてきた折衷案に迷いそうになったためか、目にした事実に気付くのが少し遅れた。


 …………あれ? おかしいな?


 そう、おかしい。


 あいつら…………賊、なんだよな? なのに……。



 なのに――――なんであんな良さそうな鎧とか着けてんの?



 ……そうだ、そうなんだよ。


 場末の盗賊と言えば、精々が奪った皮鎧程度が身の丈にあった代物だろう。


 しかし確実に、十人程度が金属製の鎧を身に着けている。


 しかも鎧無しが一人もいないという……。


 武器を持っているのは……まあイメージ通りなんだけど……値打ち物の鎧なんて遊ぶ金欲しさに消えそうなもの――なんて思っていただけに意外だ。


 ……盗賊なんて見るの初めてだからなぁ…………意外と堅実なところが、あるのかもしれない。


 実は危険にシビアとかさ……。


 ……いや堅実なら真面目に冒険者とかやっててよぉ! マジでぇ?!


 難易度が上がってしまった。


 あの金属鎧に強化したターニャ材が通用するのかどうか……これターニャには言えねぇな。


 ややもすると乱れそうになる精神を落ち着かせながら、トイレに離れる奴から始末していこう畳んでしまおうかと一考。


 しかし毛玉野郎が再び叫んだことで、事態は急変する。


「チーイル! ニ、三人連れて、一応街道を見張ってこい。ウェーバー! テメェは見張りの奴ら呼んでこい。もう必要ねぇだろ」


「ラぁ」


「うす」


 人ゴミの中にいたカエル面と、毛玉野郎と一緒に食事していたスキンヘッドが立ち上がった。


 村に来た冒険者四人のうちの二人だ


 それぞれ近くにいる他の賊に声を掛けて命令をこなそうと動き出す。


 ――――マズい。


 見張りを呼びに行けと言われた奴は一人で行くようなので行動が早い。


 瞬く間にこちらへと――――見張りが待っている場所へと走り出した。


 考えている時間は無かった。


 ――――行かせるわけ、ねぇだろ!


 ウェーバーと呼ばれたスキンヘッドが眼下を通り過ぎようとした瞬間――――襲い掛かった。


 角材を、晒していた脳天に一撃、意識を飛ばす。


 今日が晴れてたんなら目でも眩んでいたかもしれないけど、曇ってるんだから面倒でも兜とかしてた方がいいよ?


 勉強になったね?


 しかしお前に次は無い。


「……は?」


 加減が上手く行き過ぎたのか、白目を剥くというだけの結果に留まったスキンヘッドの関節を、念のため魔物よろしく破壊する。


 魔物だと強く印象付けようという思惑と、もし起きてきたらという心配が合わさってのものだったが……あんまり良い気分じゃないな。


 こいつも金属製の鎧装備だったので幹部の一人だろうか。


 面倒な金属鎧を一人戦闘不能に出来たのは僥倖だ。


 そう思おう。


 しかしこれで奇襲が出来なくなったのは……間違いなさそうである。


 驚いた様子でこちらを見る毛玉野郎。


 その手には既に大きな斧が握られていた。


 誰も彼もが食事片手に驚きを示しているというのに……油断ならない奴め。


「ヴァイン・クリーチャー……だと?」


 顔に傷跡の残る冒険者モドキが呟いた。


 ギリギリ視界の収まるところに居たというのに、その呟きは静まり返るこの場によく響いた。


 毛玉野郎が傷顔の呟きを拾う。


「知ってんのかトーラス?!」


 知っているのかトーラス?! ていうか現存する本当にいるの?! こういう奴!


「ああ……実験的な…………いや、植物系の魔物だ」


「魔物だぁ?」


 ああ、まあね。


 ご待望だそうだからわざわざ会いに来たよ?


 驚きと困惑で固まっている賊共に、ゆるゆると片手を突きつける。


 戦闘開始だ。


 さあ喰らえ。


 混乱が収まらぬ盗賊団に、無数の蔓が襲い掛かった。


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