第47話


 高揚感と緊張感が綯い交ぜになったような心境だった。


 経験したことのない変な気分だ。


 サバゲーをやった時のようなドキドキでもなく、校長の待ち受ける壇上に一人上がるような緊張でもない。


 …………なんて言えばいいんだろ?


 武者震い。


 たぶんそれが一番近いと思う。


 震えてないけど。


 ギリースーツの防御力とかはどうなのだろうか? 角材の強度は? 


 やはり不安はある。


 しかしそれ以上に、奴らを打ちのめしてやりたいという気持ちの方が強かった。


 ふとターニャから借りた角材が目に付く。


 ……手の部分が持ちやすいようにヤスリ掛けされてるんですけど? 武器力女子力高ぇな、ターニャさんは。


 しかしそこは子供が振り回す角材、どうしてもポッキリ逝きそうな気配である。


 これ固くなんねぇかな?


 この手の強化に『魔力を纏わせたら固くなる』というものがあった気がするので、この世界で通じるかは分からないけど魔力を流して固くなるようにイメージしてみた。


 するとが発動した。


 …………ううん?


 パキパキという音を伴っただけの魔法。


 角材の見た目に変化は無く、しかし硬度だけは――――劇的に変わってしまった。


 金属までとは行かずとも明らかに木の柔らかさが消えている。


 カッチカチだ。


 …………これ、ターニャに返して大丈夫だろうか?


 ……………………戦いの中で剣が折れるのはこれ激戦の証。


 ターニャも分かってくれるさ。


 息を潜めながら奴らを確認出来るギリギリまで近付く。


 茂みを歩く時に、どうしても葉音が鳴ってしまう。


 ……仕方ないと思う、こちとらプロじゃないのだから。


 森に出ることだって許される年齢じゃないのだ。


 本来ならこれから色々と教わっていく予定だったのに……くそ、これで森デビューが遅れたら今度からうちの村は冒険者お断りにさせて貰うからな!


 一雨来そうな森の中、そんなことは関係無いとばかりに、焚き火と言うには大きめの火を焚いて飲んだくれている輩共に近付いていく。


 そこそこの広さがあるのは切り開いたからだろう。


 ハッキリと切り株が残っているし、雑だが整地もしてあるようだ。


 車座になって宴会をしているのは――――村で見掛けた冒険者ではない。


 見知らぬ……小汚い野郎共だ。


 どこからどう見ても賊なんですけど? お前らもうちょっとどうにかならんかったのか?


「……んー?」


 あ。


 振り返った赤ら顔のオヤジと、バッチリ目が合ってしまった。


 い、いくか?! ちょっと心の準備出来てないけども! い、勢いで……!


「どうしたぁ?」


「…………いや、ネズミかなんかだろ?」


「ハハハ! ここにも大きいのがいるぞ!」


「そっちじゃねぇよ」


 おおい?! 気付かないのかよ?!


 マジでどうなってんだろ、俺の見た目……。


 ちょっと鏡が欲しい。


 茂みから顔を出して覗いていたところを確実に捕捉された筈なのだが……目の合ったオヤジは俺を見つけられずにいた。


 まあ結果オーライだ。


「で? そのネズミはどうすんだ?」


 ついでに人数を確認してしまおうとそのまま堂々と覗き続ける。


 一、ニ……。


「いざという時のための人質にでもなるんじゃねぇか?」


「面倒くせぇよ。もう飽きちまったし、殺しとこうぜ?」


「おかしらに訊きゃいいだろ? 戻ってくるまで待ってろよ」


「そうすっか、ね!」


 言葉尻と共に蹴り上げられたボロ雑巾に………見覚えがあった。


 いつもなら小生意気な表情で見栄を張る、実は冒険者を目指しているらしい年上の二人。


 俺の見間違えじゃなきゃ、エノクとマッシ……に、見える何かだ。


 酷く腫れ上がった顔に、折れ曲がった手足が痛々しい。


 蹴り上げられているというのに、呻く様子も身じろぎする様子も無い。


 ミシリ、と握り込んだ角材が鳴る。


 ターニャが落ち着くように言っている


 無理だ。


 頭の何処かは冷静で、やはり人殺しには強い忌避感があるため、『殺す』まではいかないと思う。


 しかし暴力的な衝動を抑えるつもりはない。


 賊は四人。


 やはり簡易的な拠点だったのだろう。


 泊まった跡などはあるが、適当に雑魚寝でもしていたのかテントのような物は無い。


 己の感覚も他に人がいないことを告げている。


 行こう。


 ブチのめしてやる。


 一呼吸する間に飛び出して、目の前で背中を見せているオヤジ――さっき覗いていた奴だ――をフルスイング。


 脇腹を打ち据えた角材から骨を折った手応えが返ってくる。


「……は?」


 野球のボールのように飛んで行ったオヤジを見終えることなく、続けて呆けた面をしている賊へと襲い掛かった。


 そいつは酒を片手に胡座をかいていた。


 返す刀で肩口から入材、骨がゴミのようだ。


「あぎゃあああぃっ?!」


「うるせぇよ」


 肩を押さえて叫ぶ賊の顔を蹴飛ばして気絶させる。


「ま、魔物だ?!」


「今喋ったぞ?!」


 いきり立って武器を抜く残りの賊に、焚き火を飛び越えて襲い掛かる。


「と、飛んだ?!」


「ジャンプだ」


 突き付けられた刃物を角材で横から殴り砕く。


 安物だな? 角材に負けるとかそれで金属のつもりか? 次は金を惜しむなよ?


 二振り目で剣を砕いた賊の顎も砕いた。


 やあ、お揃いじゃん? 新しい顎も買えば?


 勢いを殺すために顎を砕いた賊を蹴飛ばす。


 しかし態勢が崩れたところで隣りにいた賊から攻撃を受けることになった。


 ――――角材が間に合わない!


 横合いから振り下ろされた剣に素手で応戦――――ぶん殴る。


 拳が間に合い、剣の横っ腹を強かに叩く。


 襲撃に動揺していて握りが甘かったのか、あっさりと手放された剣が飛んでいく。


 すっぽ抜けたとばかりに森の中へと消えていく武器を、驚いた様子で見つめる賊の顔に、角材を落とす。


 鈍い音が森に響いた。


 ……こいつが一番重傷だろうけど、加減したので死んではいまい。


 みね打ちじゃ、安心せい。


 全部みねだけど。


 潰れた顔面を晒しながら仰向けに倒れた賊で、合計四人。


 足先でつついて起きて来ないことを確認してから、強化魔法を解いた。


 途端に震えが戻ってくる。


 荒い息を吐き出して、手の震えが落ち着くのを待つ。


「フー、フー…………なんとか、やれたな」


 少しばかりの自信と共に、ヤケクソ気味に笑みを浮かべる。


 落ち着いたらメンタルチェックでもしようか。


 しかし異常を感じているのは精神ではなく肉体のようで……。


 …………なんか、異様に……体が熱いんだけど?


 まあ、興奮しているからだろう。


 そうに違いない。


 パチパチという音には…………き、聞こえないフリでもしておこう。


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