第48話
魔物を殺した時よりも、人を殴り倒した時の方がショックが大きかった。
たぶん、魔法と武器の違いなんだと思う。
前者は必死に耐えて我慢してれば恐怖を飲み込めるような感じがあったのだが、後者は剥き出しの何かが削られて空気に晒されていくような感覚があった。
我慢して耐えていれば……過ぎ去るというよりか慣れそうな……そんな違いが両者にはあった。
まあ、深く考えてる暇がなかったので詳しくは不明。
なんせギリースーツに着いた火を無視しきれず、必死になって消化することにしたので。
魔法を解けば良かったのでは? なんて思ったのは火を消すために地面を転がり回った後だった。
戦闘よりもヘトヘトになってしまったからか……気持ちとかもうよく分からん。
い、生き残ったぞ!
そんな感じ。
ギリースーツを解いて疲れた体を引き摺りながら、エノクとマッシの回収の前にターニャとドゥブル爺さんを迎えに行った。
「……どろどろ」
「ああ。なかなかに熱い戦いだったな」
ターニャの鋭さを回避するために苦戦を強いられたように話しておく。
実際は秒殺だったけど黙っておこう。
なるほど、『火』は強敵だったので嘘ではない。
焚き火の明かりに照らされた森の一角は、生活臭が凄かった。
寝袋……というか汚らしい毛布が雑然と積まれ、食事の跡であろうゴミも脇に避けられているだけの有り様。
その隣りで山と積まれているエノクとマッシが実に痛々しく、どのように扱われていたのかが分かる様相だ。
「……エノク」
「と、マッシな」
「……なんで?」
「うん……なんでだろうなぁ」
なんで『こんなことに』なのか、なんで『いるの?』なのか、どっちかだと思うんだけど……。
ターニャの表情は、相変わらず変化に乏しく感情が読みにくい。
大方待ち伏せでもしてたんじゃねぇの? ほら、自分の腕を見せるために? とか?
「……荷物が増えた」
「お、おう」
あれれ? ターニャさん怖くない? ドライ過ぎない? それじゃドゥブル爺さんも荷物になっちゃうよ?
か細いながらも呼吸を続けるドゥブル爺さんの容態は、安定しているように見える。
どうやら回復魔法はちゃんと中身にも効いたようだ。
しかし未だ安心は出来ないので、できれば早く神父のおじさんに見せたい。
葬儀的な意味合いじゃなくね? 教会って病院的な意味合いも持つから。
更にエノクとマッシも、だ。
とりあえずは回復魔法を行使。
パンパンに膨れ上がっていた顔が見る見る内に縮んで、手足の関節も健常だと思える状態に戻った。
ドゥブル爺さんの治療とは違い、傍目には完璧で、ただ寝ていると言われてもおかしくないまでになった。
しかし両者共に目覚める気配がない。
体力まで戻っていないのか? もしくは…………体力を、削っている?
分からない。
謎だ。
こっちで怪我の治療をしている間、ターニャは俺が生み出した蔓で賊共を縛り上げていた。
顎や肩が砕けていたり、顔が潰れていたとしても、割と容赦がないのは……賊故に、だと思う……。
タ、ターニャさん? 結構執拗に縛りますね? あ、いや別に悪いって言ってるんじゃなくてですね? 用心? ああ、うん、そう……ですね……逃げられたら面倒です、もんね……。
ゴミの山と化していた木の根元に、縛り上げた賊を更に縛り付けて、とりあえずの目処がついた。
さて…………。
「あの…………ターニャ、ちゃん?」
これから行う告白を前に緊張から下手に出てしまう。
しかしターニャは分かっているとばかりに頷いた。
「行っていい」
「あ、うん……」
…………もしかして、怒ってる?
村に近い拠点――――恐らくは『見張り』としての役割もあったのだろう。
人数からしてもおかしくない。
ここからなら比較的軽傷だったエノク達が目覚めれば、村に逃げ込める。
見張りは絶賛縛られ中なので、障害は無いと思う。
――――なにより、『森の魔物』がターニャ達と共にいるのは色々と
姿を隠す意味とかね? 別に除け者にしたいとかじゃないんだよ?
人数が増えたのだから、足が重くなるのを避ける、という思惑もある。
あと万が一を考えて、誰かが村に危険を伝えれるようにしておきたいっていうのも……。
幸い、魔物やら賊やらがいるせいか、森にある動物の気配が極端に少ない。
ここが『別れ時』ってやつだ。
ターニャもそれが分かっているからこそ、『ここまで』だと言ってくれているのだろう。
しかし――――
…………き、気まずい……!
そろそろと蔓を纏い、魔物化を静かに行う。
その間も、ターニャはジト目でこちらを見続けている。
…………もう、行っていいんだろうか?
「これが終わったら」
「へぃ!」
別れるタイミングを窺っていたらターニャから声を掛けられた。
変な声出ちゃったよ……。
気恥ずかしくなる俺を余所にターニャが続ける。
「……たくさんお喋り……しよう」
……なんだそんなことか。
「いつもしてるじゃん?」
「そう…………そうだった」
なんでもないと恥ずかしさを誤魔化すように素っ気なく返事する俺に、珍しく――――本当に珍しいことに、ターニャが笑顔を見せてくれた。
…………ああ、そんな顔が出来るなら最初からしてくれりゃいいのに……。
ターニャの笑顔は――――確かに女の子だと感じることが出来るそれで……。
何かから逃げるように、咄嗟に関係のないことが口を衝く。
「あ、角材」
「いい。…………後で返して」
「ああ…………そういうの? なら約束しましょう、『必ず返すよ』……ってね?」
「返さなきゃひどい」
ハハハハ、『返さないなんて酷い』を言い間違えてるよ、ターニャ。
再びジト目へと戻った怪物の視線から逃げるように、俺は森への一歩を勇ましくも刻んだ。
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