第45話


 ――――――――ターニャが言ったのは、が可能かどうか、ということだろう。


 分からない。


 しかし可能性は高いように思えた。


 こと殺傷という分野では、この魔法という力は随分と優秀だ。


 優秀に過ぎる。


 そして俺の能力は『異常』と言える。


 少なくともコップ一杯の水やライター程度の火を生み出すだけ――――なんて結果で終わる筈がなかった。


 一瞬だけだが、生まれてこのかた感じたことのないような憎しみと怒りに沸き立ったのだから。



 でも『できるのか?』と聞かれてしまった。



 ターニャに他意は無かったと思う。


 しかし……しかし俺には聞こえてしまったのだ。


 『お前に人殺しが――――できるのか?』と。


 熱せられた頭に冷水を掛けられた気分だった。理性を取り戻した今、出来るか出来ないかと問われれば…………。


 ――――出来ない。


 人間は感情で生きている。


 情が、心が、勢いが伴わなければ、人を殺すなんて出来やしない。


 ……少なくとも俺はそうだ。


 それでも行わなければいけないというのなら…………。


 それは感情を殺してやらなければならないだろう。


 …………俺には無理だそれは出来ない、と感じる……感じてしまう。


 さっきまでなら……ヤれたと思う。


 でも今は無理だ。


 この――――責めるような、凍えるような、冷めたジト目で、見られているうちは。


 ……………………はあ〜〜。


 細く長い息を吐き出した後で、しっかりとターニャを見つめ返して言った。


「無理……たぶん」


「……そう」


 どうしようもない脱力感が襲ってきた。


 なんたる肩透かしか……。


 これはターニャに一言言っておかねばなるまい。


 確かな文句を。


「ターニャ」


「なに」


「ありがとう」


「……そう」


 どうも冷静さを失っているようだ。


 …………いや、しかし。


 いざという時に頼りにならないとかどうなの? 大人としていいのだろうか?


 ……ま、まあ? まだ子供だし……勘弁して貰うってことで。


 将来の俺に期待しよう。


 暴力的な衝動が収まれば、残るは小心者のそればかり。


 途端にもたげるドゥブル爺さんの安否。


 何度確認したところで意識は戻らず、未だに呼吸は細いまま。


 もはや出来ることがない。


「……村に運ぼう」


「…………待って」


 ドゥブル爺さんの肩に手を掛けたところで、ターニャから待ったが掛かった。


 実は動かすことにも躊躇していたので、割とすんなりと手を止めれた。


 もしや……何か良い案でもあるのかな? うわっふ、マジ天才、さすター。


 こと凡人中年では思いも依らない良策があるとみた! さあ、どうぞターニャ様!


「……………………時間が無い」


「……ドゥブル爺さんに?」


 見れば分かるが?


「村に」


 村に?


「ドゥブル爺を刺したということは……最終段階に入ってる……」


「……村が襲われる……ってことだな?」


「…………そう」


 あ、なんか嫌な間だな。


 なんか『分かってないけど説明するの面倒だから』みたいな面倒臭さを感じたぞ。


 腐っても幼馴染なのだ、そういうの理解出来ちゃう。


 いやいや俺だってちゃんと分かってるって!


 冒険者共は冒険者っていう身分は本物だけど賊として村にやって来てて、その目的は村を襲うこと。


 村に来た四人以外にも仲間がいて、そいつらは東から南の森に潜んでいる。


 人の往来や通信の妨害を考えれば南の森が妥当かな?


 ターニャの予想でも本命は南だと言っていた。


 東へはドゥブル爺さんを始末するためだけに引っ張ってきたのだろう。


 南へ行くと街道が近いので、万が一にも邪魔が入らないところで始末したかったんじゃないか?


 そこで魔物はこっちだとドゥブル爺さんを東に誘った。


 なにより魔物のボス格が街道付近に出るとなると、説得力が下がるうえに下手したら領主が出張るような事態に成りかねないもんな。


 だから遠回りになろうとも一旦は東へ行くことを決めたのだろう。


 ドゥブル爺さんに危害を加えた後で、改めて仲間と合流……って感じかな?


 ふふふ、これでも中身は一通りの教育を受けてきた大人なので! ちゃんと順序立てて考えれば楽勝ですわ!


 なんで村を襲うのかとか、どれぐらいの仲間がいるのかとか、どうして時間が無いのかとか――は、あまり時間が無いから後で説明するとして……うん、時間無いからね? 無いんでしょ? 時間。


 まあ、とどの詰まり――――


「要はあいつらが村を襲うのを止めればいいんだろ?」


「……」


 何かな? その脳筋テッドを見つめるような目は?


 知らなかったのか? 俺もあいつらと一緒で君の幼馴染なんだけど?


 ――――しかしここからがあいつらと俺の違うところなわけで。


「俺に考えがある」


「……どんな?」


 なんで不審不安そうなの?


 ハハハ、不思議ちゃんだなぁターニャは。


 大丈夫大丈夫、子供にゃ出来ない大人の話し合いってのがあるんだよ。


「あいつらは冒険者だな?」


「……うん」


「そして受けた依頼というのは、森の魔物を探し出して倒すことだ」


「……うん?」


 ああ、ほんと……。


 一週間も探させて、悪かった。


「ご希望通り、探してる魔物に会わせてやんだよ」


 待ってろよ?



 ――――森の魔物が、行くからな。



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