第42話
結局ターニャをお姫様抱っこしながら森を走ることになった。
お叱りは覚悟のうえで、それで済むなら安いもんだと豪語する幼馴染の男前なこと。
性別は女の子でいいんですよね?
「詳しく頼む」
「東に走って」
ターニャを抱えながら木壁を飛び越えるという超人技を披露した後、恐らくは西の方だと予想する俺に、ターニャは東だと告げた。
……西じゃない? だってハゲ跡があるのも西の方だし。
元々、狼の魔物が居たのも西側だ。
確認の意味を込めて視線で問い掛けると、ターニャはキッパリと首を左右に振った。
「東。本命は南だけど……たぶん東。東回りで南の街道」
その心は?
「南から出て、帰る時は東の森から帰ってくるのが多かった、って門番をやってた人に聞いたから」
……俺よりしっかり調査してるね? いや、全然悔しくないけど? ただどうかな? そういうのどうかなあ?!
本当に五歳なのかなって思うよ?! あ、ははーん? さては前世の記憶があるな?!
消耗を考えて効果を調整した魔法が威力を発揮する。
飛び越える時より腕に掛かる重圧が増えたように感じるが、それでも小さなビニール袋に空のペットボトルを入れた程度の重さだ。
問題ない。
踏み出した瞬間から全力。
乗用車のような速度なのにバイクよりも小回りが効くというデタラメな体が、森の景色を後ろへと流していく。
「……速い」
「ご要望でしたので?」
ちょっとは鼻を明かせただろうか?
感覚を研ぎ澄ませながら後回しにしていた疑問を挟む。
「それで? ドゥブル爺さんが危ないってのはどういうことだ?」
「…………あの人達は、嘘をついてる」
お、おう、俺もそう思っててん……ほんとだよ?
「竜巻の魔物とやらだろ? でもそれは事実を知ってる俺らだから言えることで……」
「違う」
お、おう、せやな? 俺も…………。
「いや待て待て。なんの話してんの? 違うって何? お前って言葉が足らな過ぎて、時折何言ってんのか分かんなくなるわ」
時折って言うか常になんだけど。
「…………分からない?」
「うん」
「分からない…………って、『わからない』」
分からないが分からないって……そりゃ分かってるんじゃない?
疑問を表情に出す俺に対して、ターニャの言葉が続く。
「知らないと分からないは同じ? でも分かるは分かる。知るは分かる。得る、覚える、考える、それは知る。やっぱり『わからない』。分からないを……わかれない。……………………変なこと?」
すっごく変だけど?
めっちゃ変なこと言ってるけど?
それ今重要?
しかし思わず視線を落として瞳に映した少女の顔は、もの凄く不安そうで…………ターニャにしては珍しく、本当に珍しく――――年相応のそれに見えたわけで……。
迷子の子供のような、傷付くことを恐れているような。
……何を恐れているのかまでは分からないが。
――――言葉を選ぶべきところだ、と自然に思える程……。
しかし――――
「すっげぇ変」
それが出来るんなら、こんな捻じくれた性格にはなっていない。
ああそうさ。
どうしようもない奴なのだ。
物心ついた時からそうなんだから、死ぬまでそうなんだろうと思っている。
しかしなんの因果か地続きだ。
なら早々に治るもんじゃない。
文句は神様に言ってくれ、俺もそうする。
少なくともなんで記憶が残っているのかなんて驚くような奴に訊くことじゃない。
自分のことは隠すくせにだとか、
しかしこういう時の嘘は嫌いなのだ。
たとえ幼馴染の女の子の瞳に動揺が滲んでたとしても、だ。
「…………そ、う」
――――ただ!
「それってそんなに悪いことかぁ?」
お定まりの台詞ぐらいは吐いておこう。
こう見えて――――大人だったのだ。
アフターケアに気を使うぐらいの分別はある……と思う。
「……でも
「まあね。でも悪いことじゃないと俺は思うよ? そんなこと言ったら俺だって変なわけだし。テッドとチャノスも頭おかしいし、アンなんてアホだぞ? 身近な知り合いだけで、こんなに変な奴がいるんだから、きっと世の中は変な奴で溢れてるって。当たり前のことさ。気にするこたない」
「そう……なの?」
「ああ、間違いない」
人間が人間である限り、
少なくとも前の世界じゃそうだったと断言出来る程度に、世界はおかしな事だらけだ。
身をもって知っている。
「分からないでいいんじゃない? 知らないことも分からないことも、分からないでいいよ。ターニャだって分からないことがあるよ。伏せたカードの中身とか?」
「……」
そこは分からないって言っとこうよ?
「……俺が持ってる能力の全貌とか」
「……それは知らない」
「だろ? いいんだよ、知らないも分からないで。小難しく考えんのは偉い人に任せてりゃいいさ。俺達には俺達の役割があるんだから」
「……役割?」
「そそ。村人AとB」
スローライフと村の名前の紹介が役目。
……両方クリア出来ないんだけどね?
「村人……」
ポツリと呟いたターニャの表情は分からない。
長い前髪が邪魔をしているから。
恐らく――――ターニャは本当に神童と呼べる程の、それこそ不世出の天才なのだろう。
……さすがにね? 分からないわけじゃない。
飲み込みの良さ、頭の回転の速さ、独特な思考形態。
もしかしたら神童を神童と呼べなくなるほどの、それなのかもしれない。
前の世界に生まれていたのなら、間違いなく歴史に名を残す偉人――――それが最低レベル。
なんでこんな辺境も辺境の小さな村に、庶民の子供として生まれてきたのやら……。
もし神様というのがいて、運命というものを操れるのなら…………それは酷く――――
――――そう、酷く意地悪なものに違いない。
そして致命的な欠点もありやがる。
「そう、村人。将来は知らんけど、今は間違いなく村人」
自分に言い聞かせるようにターニャに言い放つ。
偶然か必然か――異常とも言える子供が二人、同じ時代、同じ年齢、同じ村に生まれてきた。
もしかしたら運命で、もしかしたら特別な何かを託されて、もしかしたら大事な役割があったのかもしれない。
知らんがな。
別に反抗している訳ではなく……まさに『知らない』のだ。
ターニャの才能も、俺の記憶も、なんの意味があるのか『分からない』。
なら成るように成れだ。
数年考えて出した結論を、この賢い娘に伝えておくぐらいなら、俺にも出来る。
大したことない、ちっぽけなものだろうけど。
納得したのかしていないのか……声には出さず、唇だけ動かして、表情を見せないターニャが――――静かに頷く。
「…………うん」
「村人は村の一部だ」
「うん」
「助け合って生きてる」
「うん」
「だからこうして走ってる。ドゥブル爺さんを助けるために。そろそろ話を戻そうぜ? ドゥブル爺さんが危ないのは、あいつらが吐いてる嘘にあんだな?」
「うん」
「
未だ捉えられない冒険者一行に焦燥感が募る。
森に住む小動物の反応ぐらいか拾えていない。
ここじゃないんじゃないか?
もしかしたらターニャの予想が外れているのかもしれないと、確信的な答えを欲した。
俺の要望を正しく理解したターニャが端的に答える。
「――――――――冒険者じゃない」
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