第41話
「……ん」
キスをせがむように両手を広げるターニャに困惑を表情に乗せて返す。
俺達、そういう関係じゃないだろ? たかだか全裸を見せあった程度の仲じゃないか?
「……早く抱えて」
「…………なんで?」
ターニャのジト目にジト目で対抗する。
ここは引けない、引くわけにはいかない。
「……見に行くんでしょ?」
ななななんのことやら? 小生には全くもって分からぬ次第でありますな?! 持ち帰って前向きに善処するという形で意見の決着を見ようではありませんか!
なので帰れ?
こんなときのための完璧な言い訳を述べる。
「……僕はドゥブルさんに薪のお礼を言いにきただけで」
「そういうの、いいから。早く」
いいや良くないよ、そういうの良くないよ!
必死に隠してるじゃん?! 頭いいなら空気読んでよ!
くっそ、なんでターニャがここにいるんだよ? なんて思いつつもどうせテッドあたりがベラベラと口を滑らせたんだろうなと理解している自分が嫌だ。
あいつはマジで一回シメようと思う、そのうち万引き自慢とか始めそうなタイプだ。
ドゥブル爺さんが討伐に赴く――――というのがターニャが手に入れた情報だろう。
それは分かる。
しかしここで俺を待っているということは、こちらの考えを
俺はそんなに単純じゃない、そんなに単純じゃないんから?! いやほんとに。精神は大人なんだから、っね?! もし先読みしたって言うんならもっと忖度してよ! 忖度ぅ!
子供に先読みされるとかそんなバカな……冷や汗が止まらないのは夏の暑さのせいだな、きっと。
汗を掻きながら首を振る俺に、早くしろと言わんばかりに両手を振るターニャ。
「早く」
言ったよ。
「……そもそも抱えるとか無理だしぃ? テトラみたいな幼児じゃないんだからぁ?」
「うそ」
「嘘やない」
「うそ」
濁々と汗を流しながら目を逸らす。
大丈夫だ! ターニャに自己強化の方は見せてないから! というか見えてなかった筈! なんかもうなんでも出来るとか思われてても困るので……無理なものは無理だと分かって貰おう。
「……一瞬だった」
何が?
頑なに目を合わせない俺に、それでもターニャが語り掛けてくる。
「助けてくれた時、一瞬で遠くから目の前に移動してきた。そんな脚力があるんなら……わたしぐらい抱えられる。早く」
…………そういえばそうでしたね。
――――しかしそれでもだ。
それでも連れて行こうとは思わない。
危ないからとか責任が持てないからとかじゃなく…………。
真正面から対する覚悟を決めて――――俺はターニャを見つめた。
「遊びに行くんじゃないし、慣れて貰っても困るんだ。行くのは俺の我儘で、巻き込むのも本意じゃない」
「うん」
「確実に怒られるし、戻ったらちゃんと外に出たことを告げようと思ってる」
「うん」
「……ほんとになんでもないんだけど? なんか妙に引っ掛かるというか、不安があるというだけで……」
「うん」
「…………それでも村の外は危ないし、ターニャは一度怖い目にも遭ってる……下手なリスクを負う必要は無い…………」
「うん。分かった。――――本音は? わたしは本音が聞きたい。本音を聞けたら……いい」
「……………………こういう、悪いことするのに誰かを引きずり込む………みたいなことを、したくない……」
高校の頃。
なんでそうなったのか、そうしようと思ったのかを……よく覚えていないのだが……。
タバコを吸いかけたことがある。
結局吸っていないのだが、『吸っていない』ということが怖じ気づいているように感じられた俺は、タバコの先をガスコンロで無理やり燃やすことにしたんだ。
吸った、と見せ掛けるために。
…………どうしようもないバカ野郎だったなぁ。
仲間内で、さも今吸い終わったとばかりのタバコを見せて『俺は悪さにビビってないぞ』といった態度を披露した。
そこまでなら良かった。
小心者の変な意地、ってだけで終われた。
しかし問題は、その後にきた。
親しかった友達の一人が「お前が吸うなら俺も吸うわ!」とタバコに手をつけてしまったのだ。
顔を赤くして煙に噎せるそいつを見ながら、酷く後悔したことを覚えている。
それが切っ掛けでそいつがタバコにハマるということは無かったのだが……止めれば良かった、変な意地を張らなきゃ良かった、嘘だと言えれば良かった、などと、しばらくを悶々と過ごした記憶が残っている…………。
後から悔やむから後悔……言葉としては知っていたけれど、酷く実感したのはこれが初めてのことだった。
しかしだからといって、悪さが減るなどということもなく……小心者が罪悪感を抱えたってだけの、よくある話に
ただ――――
それから……一人を良しとするようになった。
積極性が無くなったとか大人しくなったとかではないのがまた…………なんとも小さい人間っぷりだ。
そうだ、『線』を引いている。
言われて気付くこともあるもんだ。
ああ、間違いなく。
生まれて五年、生前の俺なんて知っている奴はいないのに、俺は相変わらず臆病で小心でヘタレで気が弱い。
転生という言葉に
罪を隠して、能力を隠して、自分を隠して、それでも構わないと生きていく。
辛くはない。
隠すことが―――――――俺の本質だからだろう。
正直、幾度となく隠している部分を見られたターニャには苦手意識がある。
ターナーで良かったのに……。
なんて思うくらい。
酷い奴だ。
………なんでこんなことになってるんだろうな?
言わなくても良かった本音を、しかし吐き出したことで……また少し楽になる。
別に正直に生きたいわけでもないのに。
……この目が悪い。
ターニャのジト目は、負い目がある俺に随分と効くのだ。
溜め息を飲み込んで、しかしこれでターニャが諦めてくれるなら――と自分を納得させる。
期待に応えるようにターニャが頷く。
「わかった」
「ありがとよ」
鼻で笑うのは堪えた。
平静を保った。
なら放っといてくれればいいのに、と思うぐらいはいいだろう?
しかし――――さあ壁を乗り越えようとしたところで、ターニャが再び腕を広げて俺の表情は崩れた。
「早く」
「……それは話が違わない?」
「違わない。本音は良いもの。違いない」
……それは卑怯が過ぎません?
…………もう振り切って行っちゃおうかなぁ。
こちらの
酷く不安を煽る一言を――――
「早く。たぶん、ドゥブル
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