第40話


 次の日も、いつも通りに起きた。


 心ここにあらずと火熾し機で家を燃やしたり水汲みで井戸に落ちたりすることも無く。


 普通に食事して、普通に畑仕事。


 しかし父が一緒なこともあり手が余るという理由で、午前中は割と自由に過ごせることになった。


 望んでいた時には手に入らないというのに、特に欲していない時に限ってスルリと手の内に収まるのは何故なのか。


 外で遊ばせたい派の母が言うのだから、遊んでこいって意味だろう。


 とりあえずチャノス家の方へ向かおうとする俺に、両親から一言ずつ御言葉を頂いた。


「今日は雲が多いわ。昼から雨になるかもしれないから、気をつけるのよ」


「雨になる前に帰っておいで」


 その忠言に空を見上げれば、確かに快晴と呼べる程の空具合ではない模様。


 ……延期になったりとかしないのかな?


 勿論、魔物討伐の話だ。


 あの冒険者共が雨の中で仕事をするイメージがどうしても湧かない。


 出発を延期してもおかしくないように思える。


 なんか気になるんだよなぁ……。


 朝の水汲みの時間、井戸場にドゥブル爺さんは来なかった。


 いつもならムッツリとした表情で桶を持って並んでいて、その姿に少し笑いそうになるのが毎朝の恒例行事。


 挨拶すると頷きを返すドゥブル爺さん。


 一つ前か後ろに並んでいたのなら、代わりにロープを引っ張ってくれたりする、なんだかんだで面倒見がいい爺さん。


 意外とテッドとは気が合うように感じる。


 ポテポテと歩きながら、チャノス家の小屋を通過する。


 どうせ誰もいないのだから、わざわざ寄る必要はないだろう。


 チャノス家の敷地をグルッと回って売店の方を覗いた。


 数名の村人とユノの姿が見えた。


 冒険者は来ていないようだ。


 ……当たり前か、準備万端みたいなことを言ってたもんな。


 …………なんだろう?


 テッドやチャノスがバカなことをやった時のような嫌な予感というのは無い。


 あるのは不安だ。


 …………俺は何を心配しているんだろう?


 やって来た冒険者は期待の新人とやらで、ドゥブル爺さんは魔法が使えて、魔物も村人が頑張れば対処出来るレベルで……。


 やはり目にしていないボス的な魔物の存在だろうか? それとも村を囲める程だと言う魔物の数だろうか?


 …………どうもしっくりこない。


 安心材料は山のようにあるうえに、テッドやチャノスとは違い、ドゥブル爺さんはやらかしたりしないというのに……。


 


 ――――――――思い出せ!


 


 ――――――――取り戻せ!


 ……なんなんだろう?


 俺は……うん?


 ――――おかしい可怪しいオカシイおかしい可怪しいオカシイおかしい可怪しいオカシイおかしい可怪しいオカシイおかしい――――そう思……い…が! ……! ――――


 うーん? 天気悪いからか頭痛がするなぁ……。


 首を傾げながら歩いていると、テッドの家が見えてきた。


 チャノス家に勝るとも劣らない大きさだが、土壁のような塀は無く、代わりと言ってはなんだが馬小屋がある。


 チャノス家の馬も、ここで纏めて面倒を見ている。


 のだが…………。


 明らかに馬の数が多い。


 これは冒険者達が乗ってきた馬も含んでいるからだろう。


 だとしたら、まだ討伐に出ていないのではないか?


 道なりに真っ直ぐ進んできたので、村の入口へと辿り着いた。


 別に何か考えがあってのことではない。


 のことでは……ない。


 しかしドゥブル爺さんが居たのなら、激励ぐらいは……なんて思っていた。


 あの別れの挨拶が俺を動かしていた。


 何処でそれを知ったのかという問題が出てくるだろうけど。


 その時はテッドとチャノスのせいにしよう。


 村の入口には丸太で作った両開きの門がある。


 魔物が出てからというもの、最近はずっと閉じっぱなしの門。


 今日とてしっかり閉まっていて、門の両脇には門番代わりの村人が椅子に座って雑談をしている模様。


 そこに声を掛ける。


「おはようございます」


「おーう、レン。珍しいな? 朝っぱらからここらをうろついてるのは」


「ハハ、今日は悪ガキ引き連れてないのか?」


 多大な誤解があるね?


 その言い方だと、まるでボス格が俺みたいだろ?


「今日は一人です。あの……なんか冒険者さんが朝にここを通るって聞いて……」


「ハッハッハ、なーんだ。レンもそういうことに興味が出てきたか?」


「テッドとチャノスが棒振り回し始めたのも、これくらいの年齢からでしたねぇ」


 不本意だ。


 ナイス言い訳ってだけだから。


 いいからはよ話せや。


「まだ来てないんですか?」


「ざーんねん。もう行っちまったよ」


「惜しかったなぁ。ほんとついさっきだったから、もうちょっと早く来てたら冒険者さんとやらを見れたんだがなぁ」


「ハッハッハ! まあ気に病むな!」


「ははは……」


 ポンポンと頭を叩いて子供扱いしてくる門番を愛想笑いでやり過ごし、入口を離れた。


 外周を木壁沿いに西回りする。


 テッドとチャノスの一件から、外周の見回りが強化されたので、割と人の目を感じれるようになった木壁周り。


 ターニャの女子会やチャノスの鶏小屋の時は、あいつらが上手いこと警備の隙を突いていたのでそうでもなかったが……子供一人で歩いているとまるで監視でもされているかのよう。


 担当区分でもあるのか、ある一定の距離を歩くと、別の村人の目に止まり、前の村人からの視線が外れる。


 声を掛けて挨拶をされたり、軽く手を振ってきたりと、その存在を主張しているので監視って程じゃないんだろうけど……。


 精々が見張り。


 しかしこれからやろうとしていることを考えると……監視でもあながち間違いじゃないと思う。


 教会の前からこちらを見つめてくる神父のおじさんから目を逸らして北上する。


 こっちに家があるから、別に変なことじゃない筈…………遠回りだけど、いつも隠れ鬼とかやってるし…………変じゃない筈。


 なんでジッと見てくるんだよ! あの外人傭兵部隊面は?!


 齧っている野菜スティックが葉巻に見えてしょうがない。


 ドキドキしながら畦道を行く。


 ――――その監視網には、恐らくだが一点だけ穴がある。


 いや、出来たと言った方がいいか……。


 本来なら一番監視する意味が少ないところで、心配する必要すら無い場所だ。


 しかし今朝に限ってはノーマーク。


 何せのだから。


 外周を歩き続けて、その監視網の穴――――に差し掛かった。


 軽く周りを見渡してみても、視線が合うことはなく、しつこく付いて来ていた神父のおじさんの目もドゥブル爺さんがよく薪割りをしている場所の前辺りから外れた。


 その隙を突いてドゥブル爺さん家の庭に素早く滑り込む。


 本来ならドゥブル爺さんが切り株に座りながら薪を割っている時間なのだが……諸事情により今日は姿が見えない。


 かまどのある、家の裏手へと行こう。


 木壁が目の前にある筈。


 誰もいないと知りつつも、コソコソとした足取りでドゥブル爺さん家の裏手へと回った。


 しかしそこには――――



「……遅い」



 何故か角材を握り締めたターニャが待っていた。


「…………ごめん、待った?」


 咄嗟に『デートに遅れてきた彼氏』のような台詞が出てきたのは、俺も混乱しているからだろう。


 待ち合わせした覚えがないんですけど?


 空は尚暗く――――しかし頭痛は消えていた。


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