第37話
驚きで顔を見合わせた。
テッドもチャノスも被害には遭っていないが、魔物の恐ろしさというのは充分に伝わっていたようで、その顔色はやや青白い。
怖い目にあったもんな。
犯人ターニャだけど。
『…………その調査結果は確かなのか?』
疑いを声に滲ませているのは村長だ。
しかしその疑問にも頷ける。
森の奥へは入ってないけれど、ターニャと俺を捜索に来た時に一匹も見掛けなかった魔物が、村を囲うほどいると言うのだから、不信も仕方のないことだ。
『間違いねぇ。なんなら村の男で調べてみりゃいいさ。一人として帰ってはこねぇだろうがな』
随分と自信があるのか、毛玉野郎は間違いないと言い切った。
『…………そうか』
『村の奴らじゃあ、まず間違いなく包囲は突破できねぇ。ここに籠もっててもいずれは襲われる。俺らが受けた依頼は『森の調査』で『可能なら討伐』だよな? だぁーから可能な方法を提示してんじゃねぇか。言っとくがな? 蹴るってんなら俺らは村の奴らが食われてるうちにズラからせて貰うぜ?』
『なっ?! 何を言ってるんだ、あんた達は!』
『何がおかしい? 命あっての物種で、ここで張る理由が無いってだけじゃねぇか。なあ?』
『そもそも調査だけなら既に終わっている。引き上げることに文句を付けられる理由も、村人の為に体を張る義理も無い』
お、また新しい声だ。
向こうに何人いるのかは判然としないが、少なくとも冒険者パーティーの三人はいるようだ。
『…………ワシなら構わん』
『ドゥブル』
『ドゥブルさん?!』
いたんかい。
「ドゥブ爺だ」
「……いたのか」
テッドとチャノスも小声でボソリ。
今の今までダンマリだったからね、まさか本人がいるとは思わなかったのだろう。
俺もだけど。
……寡黙だからなぁ、ドゥブル爺さん。
『狩りに出向くのとはまた別物だぞ? いいのか? 村の防衛以外では力を借りないという約束だった筈』
『魔物が襲ってくるというんなら、これも村の防衛の内に入ろう。…………ちと久しぶり過ぎて、やり過ぎないか不安だがな』
意見の決裂を見たドゥブル爺さんが、話を進めるために折れてくれたのだろう。
良い人なんだよな…………子供には怖がられてるけど。
『…………納得できません』
『ウィーヴィル』
チャノスの親父の名前だ。
嗜められたウィーヴィルさんの声は伝わってこない……けれど、どんな表情をしているのかの察しは付く。
村の立ち上げから共にしていた三人だけに、色々と思うこともあるのだろう。
それぞれ年齢差はあるけど。
『…………話は纏まった、と思っていいか?』
『決行は早い方がいい』
『俺たちの準備なんてとっくに終わってるからよ。その爺さんの心持ち次第で始められるぜ。今日でもいい』
捲し立てるように言葉を並べる冒険者三人。
待っていましたと言わんばかり。
『今日?! 何を言ってるんだ!』
『落ち着けウィーヴィル。……あなた方もだ。今決まったばかりのことで、こちらとしても即応するのが難しい。少しばかり時間を空けよう』
『あんまりのんびりしてられるような状況じゃねぇんだよ。そうだろ?』
『だとしてもだ。一日二日ぐらいなら問題はないという報告だった筈』
『…………なら明日だ』
『ふざっ?!』
『ワシャ構わん。落ち着け、ウィー』
……うひー、荒れてる荒れてる。
大人達の普段とは違う一面に、テッドとチャノスは驚きの表情を浮かべている。
特にチャノスが凄い、口が半開き。
カッコつけのチャノスにしては珍しい油断だ。
母親との手繋ぎすら幼馴染を確認したら手を離すぐらい人の目に敏感なのに。
入ってくる情報を整理しきれていないのだろう。
まさかの大当たりだもんなぁ。
……しかし伝え聞く限りでは、まるで今生の別れのような話しぶりだ。
そこまで大した
正直、ドゥブル爺さんなら死ぬ心配をするほうが難しいレベル。
……何か見落としてるのか?
こちらの考えを遮るように、毛玉野郎の声が響く。
『決まりだな。なら明日の朝、日が昇ってからだ』
『待ってください! きちんと契約を詰めるべきです! 準備も! まだ話すことはある! 座ってください!』
『ウィーヴィル、落ち着け』
『いいえ落ち着けません! 追加でパーティーに入るんですよ? しかも緊急で! きちんとした契約と罰則事項を決めるべきです!』
『罰則? 何があるってんだ? 俺らはこの村のために働くんだぜ?』
『ドゥブルさんの扱いについてだ! 特に魔力が切れた後の!』
…………なるほど。
ウィーヴィルさんの言葉で何を心配しているのかを察せた。
村の奴と狩りに出向くのとは訳が違う。
つまり――――
『俺らがその爺さんを捨て駒扱いするとでも思ってんのか?』
毛玉の言葉は的を得ていた。
仲間思いの冒険者で余所者、しかもドゥブル爺さんは囮にうってつけの高火力。
オマケに奴らは人相が悪い。
いやお前ら鏡見ろや、欠片も信憑性無ぇから、顔変えて出直してこい、ってとこか。
売り言葉に買い言葉じゃないだろうけど、ヴィーヴィルさんの本音に冒険者共が食いつく。
『それは侮辱だろう?』
『ナメてんなぁ』
しかし他の冒険者共の言葉は、台詞ほど怒りを伴っていなかった。
むしろヘラヘラしているような印象すら感じられる。
……いや、無理からんだろ?
『落ち着けウィー』
『しかし!』
『そのような状況にはならん。これでも長いこと冒険者をやっとった。魔法使いの攻撃位置はパーティの最奥で、盾にされるようなことは無い。置き去りにされることを心配しとるなら、それも大丈夫じゃ。常に一定の魔力は残す、危なくなったら逃げ帰るわい』
『そういうこった。あんた心配しすぎなんだよ。こっちだってギルドの査定や他の冒険者からの評判だってあるんだからよ』
『くっ……!』
ガチャガチャと剣帯が揺れる音と共に扉が開くような音が聞こえてくる。
どうやらお開きのようだ。
多数の足音が過ぎ去れば、伝声管から聞こえてくる音は無くなってしまっていた。
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