第36話
「ここだ!」
テッドが足を止めたのは、なんでもない所だった。
いや、そのように思える場所だった。
てっきりこの隠し通路を抜けてチャノスの家まで行くものだとばかり思っていたので、少し驚いた。
まだまだ通路の途中であることは未だ先が見通せない暗闇にいることからも明らかだ。
しかしペタペタと壁を触っているテッドの表情からは、間違いないと言わんばかりの自信が溢れている。
……壁に何かあるのか?
よくよく注意してテッドの手元を見てみると、ほんの僅かだが壁から何かが出っ張っていることに気付けた。
こういうの…………ほんとによく見つけられるよね?
テッドといいチャノスといい、案外冒険者に向いていそうで困る。
ゲームならともかく、現実に壁や壺を調べるといった発想は出てこない。
『常識だから』とか『捕まるから』とか以前の問題で…………。
ただただ面倒なのだ。
一歩進むごとに『調べる』コマンドなんてやらない。
いやゲームじゃやってた派だったけど、現実に普段歩いている道を『……怪しい』とか思って掘り返したりはしないでしょ?
それと同じだ。
ほぼほぼ徒労に終わることが確定しているのに誰がやるというのか?
「レン、これ俺が見つけたんだぜ!」
「テッド、声がデカい。ここからは静かにしろって、いつも言ってるだろ? 向こうにも聞こえるかもしれないんだぞ? レンも静かにしてろよ」
……こいつらやるんだよなぁ。
まるで悪戯自慢するようにランプで手元を照らすテッド。
壁から突き出したそれは……丸い筒状の物体で……。
配管のように見えた。
「蓋を開けたら向こうの声が聞こえるんだ!」
…………伝声管か?
「そっちは大人が会議する広い部屋ので、こっちのが執務室のだ」
後ろから注釈を入れるチャノス。
……こっち? こっちって何?
振り返ると、チャノスが反対側の壁を触っていた。
どうやらそこにもう一つの伝声管があるらしい。
伝声管のある位置は子供であるテッド達のお腹ぐらいの高さで、しかも照らし出されたその色は壁と見分けがつかないと来ている。
こんな通路の途中にあるのだから、普通なら見逃しそうなもの。
勿論、それが狙いなのだろうけど。
……見逃してあげようよぉ。
「……こっちは何も聞こえないな。テッド、あるとしたらそっちだ。……まあどっちも何も聞こえてこないとかも、よくあるんだけどな」
こっちが呆然としている間に、チャノスは既に自分のところにあった伝声管の蓋の開閉を終わらせていたようで、テッドに開けてみろよと手振りで合図していた。
「よし! レン、シーな? あともっとこっち来いよ! チャノスも!」
座り込んで手招きするテッドは、最高に楽しそうな表情である。
招かれるままに膝を突き合わせて耳を寄せるチャノスと俺。
……これで何も無かったら、ただ共犯にされたというだけで終わっちゃうじゃん。
なんたる理不尽……。
しかしそんな俺の不満というか心配は杞憂であったようで……。
『――だから報酬額は減らしてくれていいって言ってんだろ? その上で魔物を討伐できた時には五等分。なんなら指名料も払ってやるさ。何を悩んでんだ?』
伝声管は、しっかりとその役目を果たした。
伝声管から聞こえてきた声に、思わず幼馴染達と顔を見合わせてしまった。
二人にも聞き覚えがあったようなので、俺の考えている人物で間違いなさそうだ。
怒鳴り声じゃないけど、村で聞くことの無い低いダミ声。
あの毛玉野郎の声だ。
『金銭の問題ではない』
続いて聞こえてきたのは村長の声。
テッドが驚いているので知らなかったのだろう。
だってチャノスの家だもんな、ここ。
『ドゥブルさんの意向も勿論ですが、何より危険であるということが問題なのです』
おっと、家主の声だな?
チャノスの口がひん曲がる。
……もしかしなくても反抗期か何かか?
俺には前の人生で子供がいたことなんてないから分からないけども、この前からの態度でなんとなくそうなんじゃないかと思える。
『話の分からねえ奴らだな? 危険なんてもんは疾うの昔に分かってることじゃねぇか。安全な魔物狩りなんてありゃしねぇんだよ。より安全にこなせるかどうかで冒険者の腕を魅せてんだ。分かんだろ?』
…………なんの話をしてるんだ?
聞こえてくる話の雰囲気からは、冒険者が村長達に何かを要求しているようだが……。
金銭? ドゥブル爺さん? 指名料?
朧げながら見えてきた会話の筋を決定付けるように冒険者の声が続く。
『悪りぃことは言わねぇから、『火』の魔法使いを貸してくれ。あんたらだってそれが最善なことくれぇ分かんだろ?』
『……調査で終わってくれても構わないのだが?』
『ああ、それで終われるんならそれでも良かったんだがなぁ……ちと遅かった。
『応援の冒険者が来るまで村に滞在してくださっても構いませんが?』
『言ってんじゃねぇか……『遅かった』ってよ。今は牽制しあってる段階だが、俺らが村に籠もったら直ぐさま包囲を
『…………フゥ』
『余計な金使うぐらいなら俺らに任せといた方が間違いねぇぞ? 大体、あれを討伐出来るって連中の要求する報酬はもっとデカいんだぜ?』
『他の方法は無いのですか? 例えば村の男衆を使って防衛するとか……』
『それじゃ結局犠牲が出ちまうよ。あんたらの思惑と違うと思うんだが、いいのか?』
『しかしドゥブルも村民に変わりない』
『だーかーらー! そこは俺らの腕を信用しろよ! 大体元は凄腕って聞くじゃねぇか。……心配しすぎなんだよ。俺らだって少なくとも有象無象共じゃ相手にならねぇぐれぇ強ぇからよ』
『それなら全部やってくれても良いのでは?』
『……雑魚が何匹いようと相手にゃならねぇ。でもあいつは駄目だ。こっちにも被害が出ちまう。やってやれねぇこたぁねぇが……あんたらが村人に被害を出したくねぇように、俺らも仲間から被害を出したくはねぇ』
おうおう、風体に似合わないようなこと言いやがって…………やめてくれよ、テッドが『やっぱり!』みたいな顔してるからさ。
『……そこまで厄介な魔物なのか?』
『俺らよりあんたらの方が分かってんじゃねぇのか? なんせどデケェ竜巻を生み出すような化け物らしいからな』
ごめんなさい。
『できるんならケツ捲くって逃げたいとこなんだけどよ。両方に取っての最良を提示してんだから、あんたらも適当なところで妥協してくれや』
『そもそも当初の予定は狼の魔物の討伐だったろ? 確かに狼の魔物だったけどよ。ありゃ詐欺だぜ。狼の親玉みたいなデカさじゃねぇか。あ、親玉か』
毛玉の発言を後押しするように、始めて聞く声が続いた。
スキンヘッドか顔に疵がある奴の声だろう。
少しばかりの沈黙の後で、再び毛玉野郎の声が響く。
『それとも村を捨てるかい? 無理だろ。やれたとしても足の遅い年寄りや子供から餌食になるぜ。なんせ――――結構な数に囲まれてるんだからよ』
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