第34話


 やってきたのは家畜小屋だ。


 位置で言うとチャノス家を中心とした村の南西側、外周近くにある小屋だ。


 ここまで来るとテッドの家の方が近い。


 正確には南南西かな?


 この村では牛や山羊などを飼っちゃいないので、家畜小屋とは名ばかりの鶏小屋となっている。


 卵は意外と安価に手に入るんだよな、卵は。


 個人で鶏を飼っている人もいるので、ここにいる鶏は村の共有財産のようなものだ。


 管理はチャノスの家が一括でしている。


 ……それで? なんでここに来たの? 五歳には全く分からない異世界事情なんだけど?


 まさかの腹ごしらえとか言わないよね? もう君らの行動原理ってよく分からないからさぁ、不安で仕方ないよ。


 盗むのは卵が先か鶏が先か……お腹の減り具合によって決まるんでしょ?


 いざとなったら止めようと思いながら付いてきた鶏小屋の前で、チャノスがポケットから取り出した鍵で扉を開けた。


 普通に鍵が出てきたことにビビるんだけど? 管理はどうなっているんだろう……。


「来いよ、レン」


「う、うん」


 手招きする悪馴染み共の後に付いて小屋に入る。


 小屋の中はなんとも言えないような獣臭がしているうえに、金網なんかで覆っていないので薄暗くもあった。


「コッコッコッ、コケッ、コッコッコッ」


 おお……鶏がいる。


 うちって鶏いないからなぁ…………いいなぁ、欲しいなぁ、便利だなぁ、鶏。


 ……いざって時には肉にもなるという万能の鳥。


「おいレン! どこ行くんだよ、こっちだよ、こっち!」


「う、うん。ごめん……」


 欲望に突っ走りそうになって。


 将来は何かしらの家畜を飼おうと決めることで欲望を振り切り、悪ガキ共の後ろを付いて小屋の奥へと移動する。


 ……いやなんにも無いが?


 小屋に入って直ぐのところには、階段状になった鶏の寝床があるけれど、奥は運動スペースとでも言えばいいのか何も置かれていない。


 手前のは寝床だよな? 寝藁敷いてあるし。


 床がそのまま地面なので、穴が空いていたりフンが散らばっていたりして、正直あまり歩きたくない場所である。


 その最奥、突き当たりの壁の前で、テッドが得意そうな表情で振り向く。


「へへへ。レン、初めてならビックリするぞ〜」


 既にしてますが?


「テッドじゃないんだ、そこまで驚いたりはしないさ。えーと? ……ああ、ここだ」


 ペタペタと壁を触っていたチャノスが、言葉尻と共にその手を強く押し込むと――――壁がクルリと反転した。


 …………忍者屋敷かな?


 ここが木壁の近くということもあってドッと汗が出た。


「あ、あのさ! そ、外に出るのはマズいよ……。また……」


 おう、この分からんチンのバカどもが学習能力をママのお腹の中に残してきてんじゃないのか直ぐに取りに帰ってついでにそのまま生まれ直して貰って今度は年下として出来れば愛想があって可愛い感じで頼む!


 なんとか止めなくてはと、しどろもどろになりながら二の句を継げないでいると、テッドが不思議そうな表情で首を傾げる。


「うん? 何言ってんだレン。大人の話をこっそり聞きに行くんだろ?」


「……あー。いやテッド、たぶんレンはここが外に繋がってるとか思ってんだろ。バカだなぁ、レンは。そんなとこ知ってるんなら、わざわざ壁越えたりしなかったって」


「あー! そういうことか! ふふ、そうだぞ? バカだなぁレンは! ここから外に出れるんなら、あんなに苦労しなかったよな!」


 ターナー、角材。


 ああ、そういや今日はいないんだっけ?


 ターナー、角材。


 右に左に手を伸ばしても空を切り、ターナーが角材を渡してくれることは無かった。


「慌てるなってレン。早いとこ行こうぜ、見つかったらマズいからよ」


 そうだな、慌てることないよな、見つかるとマズいもんな……。


「じゃあ俺からな!」


「おう、早く入れ」


 勢い込んで一番槍を果たすテッド。


 応えるチャノスは慣れているのか、既に道を譲っている。


 テッドが回転扉の向こうへと消えていく。


 暗くてよく分からないのだが? この向こうって外じゃないの?


 脇に避けて待っているチャノスが俺を促してくる。


「早く入れよレン。誰かに見られたくないんだ」


 なんだその台詞? すげぇ悪い予感するんだけど……。


 まるでどこぞの取り引き現場を目撃しているような心境で暗闇に向かって足を踏み入れる俺に、チャノスが追い打ちを掛けてくる。


「あ、言い忘れてたけど、ここの事は誰にも言うなよ? 本当なら俺の親父とテッドの親父ぐらいしか知らない筈のことだから」


 ちょっとふざけんな。


 それはこの村での最高機密を表す言葉なんだけど?


 え? うそだろ? マジで? 本当に?


 特殊なギミックと向かう先にある闇がチャノスの発言に真実味を与える。


 …………こ、これは知っておかねばなるまい。


「そ、そんなことを…………なんでテッドとチャノスは知ってるの?」


 そう、そんな最高機密事項をどこで……どうやって知ったのかを。


 恐る恐る問い掛ける探りを入れる俺に、チャノスはあっけらかんとなんでもないことのように答えてくれた。


「遊んでたら見つけた」


 今度から外に遊びに行かすの止めようかな?


 子供の奔放さを放っておいたツケが怒涛のように襲い来る。


 …………勘弁してくれ。


 悪辣な幼馴染共にそう思ったのか、こんなもんを村に敷いた大人達にそう思ったのか…………俺も俺の気持ちが定かではなかった。


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