第32話


 なにしてんねん。


 思わずツッコんでしまいそうになったのは、村の景観に全くと言っていい程そぐわない冒険者の顔を見たからというだけではなく――


「お願いします、お願いしますよチーイルさん」


「俺らなんでもやりますから!」


「ダメだラ。おめーラ、ほんとしつこいラぞ」


 引っ付いて歩いているエノクとマッシも見たからだ。


 いやほんとなにしてんねん。


 エノクとマッシはともかく、このカエル面の冒険者も何をしてるんだろうか?


 討伐依頼もしくは調査依頼を受けている最中の筈だ。


 こんな住宅密集地(庭付き畑あり)に用は無いだろう?


 ターニャに体を押されるがまま進路を変更する。


 一番近かった家の陰へと隠れた。


 見通しの良さが災いして、これ以上近付こうものなら向こうにも気付かれてしまうだろう。


 役に立つかは分からないが、こいつらの会話を聞けば、ここにいる目的も見えてくるかもしれないと、視界に入らないように配慮した次第だ。


 誰の家かは知らないが、壁に張り付いて耳を澄ます。


「頼んますよ、ほんと」


「俺らマジなんです! マジで冒険者になりたいんです!」


「だから何回も言ってるラ? なりゃいいラ。俺の知ったこっちゃねぇラ」


「そこをなんとか! お願いしますよ!」


「今のままじゃ直ぐに死んじまうって……俺ら分かったんです! ある程度の形になるまででいいですから、弟子にしてください!」


「だーかラぁ! 弟子なんて取ってねぇんラ! ほんとにしつけぇ童ラな!」


 どうしよう、俺もターニャみたいに真顔だぞ?


 バカなの? あいつら。


 よしんば……よしんばだ! あいつらがテッド達みたいに将来冒険者になりたいとか思っていて、その手段としての弟子入りを考えていたとしても…………。


 いやあいつらだけは無ぇだろ?


 何故にあいつらだ?


「……期待の新人」


「……ターニャちゃん、心は読まないで貰っていい?」


「……読めない」


 ほんとに?


 コクリと頷いたターニャは俺の視線に応えたのだと思おう。


 これ以上考え面倒事を抱えたくないので。


 そうか、チャノス家の売店のおじさん――ツムノさんもそんなことを言ってたな。


 あいつらが実績確かな期待の新人だとかなんとか…………。


 新人の部分のインパクトがあまりにも強くて忘れていた。


 見た目との落差もあったし。


 ツムノさんが口を滑らしたように、エノクとマッシにも情報を漏らした誰かがいたんだろう。


 腕が確かだとか実績があるとかのプラス要素は、引いては村人の安心にも繋がるからな。


 会議でも口止めとかされなかったんじゃないか?


 見た目がアレだからテッドとテトラには接触禁止令が出されてたみたいだけど……。


「だとしても……よくアレに絡んでいけたなぁ? そう思わない?」


「……一番マシ」


 あのギョロ目が?


 売店で遭った冒険者の面々を思い浮かべる。


 ……確かに。


 他の三人と見比べてみると、一番威圧感が少ないであろう冒険者に思えた。


 背の低さも関係しているのかもしれない。


 なによりあの山賊の親玉みたいな冒険者と比べれば怒鳴り声も幾分かマシに聞こえる。


 顔のインパクトはどっこいどっこいだけど。


 …………それでもだよなぁ。


 家の角から顔を半分出して、冒険者に食らい付くエノクとマッシを確認する。


「触りだけでいいですから!」


「あの、アシストなら出来ると思うんです! 俺ら狼を仕留めるの手伝ったことあって、自分で言うのもアレっすけど筋が良いって言われたこともあって……」


「オメーラよぉ……」


 必死だなぁ。


 エノクとマッシの低迷は置いといて、冒険者の方はここらをフラフラと歩いているだけのようだ。


 …………なんで?


 ……エノクとマッシを撒きたいと思っているのかもしれない。


 鬱陶しいもんね、あいつら。


 おかげさまでエノクとマッシの声はハッキリと聞こえるぐらいデカいんだけど、その分ギョロ目の冒険者の声が聞き取りづらい。


 ……鬱陶しいな、あいつら。


「なんべん頼み込んでもダメなもんはダメラ」


 あ、近付いてくる。


 別にバレたからといって何かあるわけでもないのだが、変に思われるのは避けたいのでターニャを連れて家の壁を回り込む。


 ……悪いことをしてる訳じゃないんだけど、女の子を連れ回して隠れるってどうなんだろう?


 足音が近付いて来る。


 …………止まったんだけど?


「……っと、ここにも誰か住んでるラか?」


「あ、はい。ここはシアの家です」


「……別に誰の家でもいいラ。何人で住んでるラか?」


「ここは四人っす。シアとシアの父ちゃん母ちゃん、あとそろそろ一歳になる弟がいます」


「男は一人ラか……」


 どうも俺達が隠れている家の前で足を止めたらしい。


 ……ところでなんの調査してんの、これ?


 そう思ったのは俺だけじゃなかったらしく、エノクとマッシも疑問に思ったようで、ギョロ目に問い掛ける不思議そうな声が聞こえてきた。


「なんで住んでる人の数を数えてるんですか?」


「バ〜カ。なるべく慎重に事を進めてるラーけど、魔物の実力が凄いラ。なんせデカい竜巻を呼ぶくらいラから、もしかしたら被害が出るかもしれんラ。――一人も取り零さないために、どこに誰が住んでいるラかぐらい知っといて当然ラ」


「「お〜!」」


 いや何が「お〜!」なのか。


 村の中で戦うならまだしも魔物は村の外にいるんだけど?


 いや竜巻起こした奴魔物は村の中にいるんだけど。


 何かって言うと魔物を言い訳に使うよな、こいつら。


 やめてくれます? 魔物は精神が弱いので。


 あと人数を知りたいのなら村長に聞けばいいと思う……そもそもそんなに細かく把握する必要があるのかも疑問なんだけど。


 魔物発言の調査に来て益々と謎が増えていく。


 魔物発言といい今やっている調査といい、こいつらが何をしたいのか全然分からない。


 …………マジで何やってんだろう? こいつら。


 同じ立場にいるターニャにも意見を聞きたくて顔を向けた。


 意外に頭いいからね、ターニャちゃんは。


 しかしターニャは考え事をするように顔を少し俯かせたまま、終始こちらの視線に気付くことはなく、カエル面が話している間中、沈黙を破ることは無かった。


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