第31話


「……」


「あの……どうかした?」


「……別に」


 じゃあジッと見てくるのやめてくれないかなぁ?


 ターニャのジト目がいつもより近い。


 隣立って歩いているからだ。


「……テトラの扱い、上手いね」


「あ、うん」


 助かったろ?


 頭をフラフラさせながら付いていくと聞かないテトラを収めたことを言っているのだろう。


 伊達に一年も面倒を見ていない。


 ケニアとアンの「代わりに遊んであげる」という言葉をテトラ自身が蹴ってしまったからな、グズグズしてたらせっかちな鉄砲玉が「やっぱり俺が」とか言い出しそうだったし。


 我ながらナイスアシストだったと思うんだけど……。


 もしかして怒ってる?


 …………分からない。


 ターニャが無口なのはいつものことで、作戦も上手く行き小屋を二人で抜け出せたのだから、怒る理由は無いと思う。


 いつも通りの無表情なのだが……いつもよりヒシヒシと沈黙を感じるというか……。


 俺がそう感じているだけだろうか?


 ほんと、この娘だけは本当に分からん。


 ……そういえば並んで歩くのなんて初めてに近いから、そのせいもあるのかもしれない。


「……それで……どうする?」


 妙な緊張感を割いてターニャが声を掛けてきた。


 それはいつもの調子で……やはり怒っているわけじゃないようで……。


 なんだよ、やっぱり勘違いかよぉ。


 緊張が解けた俺は、当初の予定通りに行動することにした。


「あ、うん。まず送るよ、別に急いでないし」


「?」


 ……あれ?


 首を傾げるターニャに釣られるように俺も首を傾げてしまう。


「……もしかして……用事のこと?」


「あ、いや、さすがにあれがただの理由付けなのは分かってるよ。そうじゃなくて……」


 ……もしかして付いてくるつもりだったのか?


「ターニャは別に付いて来なくても……」 


 ここからは、また怒られる可能性も出てくるのだ、さすがに巻き込むのは気が引ける。


「デートだから」


 言い淀む俺の腕を抱きかかえるターニャ。


「ああ、まあ……そうした方が自然だとは思うんだけど……」


 そういう話で出て来てる訳だしね。


 少なくともケニアとアンには。


「……レン、話し方」


 どう断ろうかと悩んでいると、ターニャに腕を引っ張られる。


「何かおかしい?」


「『俺』って言ってない。あと……なんか『線』みたいなのがあるみたい。レンは……その『向こう側』にいる。よそよそしさがある。無理してる。……『俺』と『僕』、比べられたから、わかった」


 ドキッとすることを言う。


 うわー、ターニャって将来、俺が苦手なタイプの女性になりそう。


 しかも五歳でこれだというのだから……末恐ろしい。


 ここはあれだ、誤魔化そう。


「あれは……なんか興奮してて、ハハ……僕にはまだ『俺』って早かったのかも? チャノスやテッドの真似だったん――」


「それも?」


 もう怖い?!


 誤魔化し笑いが引き攣ってないか確認したくてしょうがない。


 洞察力が鋭すぎて下手な表情が出来ない。


 しかも逃げ場も無い。


 腕をガッチリと固定されているうえに、デートだとうそぶいて出てきたからのだから騒いだらマズいことになるのは俺の方な訳で……。


 …………まさかこの状況を想定してたとかじゃないよね?


 子供にやり込められてる中年はこちらです。


 ターニャも転生して来た説を推したい……じゃなきゃ現実を認められない。


 ……このまま不自然を承知でゴリ押すか? それとも演技している理由を適当にでっちあげるか……。


 誤魔化すかゴマするかですよ、ええ。


 勿論、本当のことを話すという選択肢は無い。


 連鎖して話をどこまでも引っ張り出されそうな怖さがあるよね……君。


 僅かな沈黙だったと思うのだが、ターニャには充分な間だったようで。


「いいよ、いい」


 必死こいて考えている言い訳を見透かすように、珍しく機先を制して会話を切るターニャ。


「……待つから、いい」


 あ、執行猶予なんすね?


 フイッとようやく視線を逸らしてくれるターニャさん。


 答え難いと分かっているからか、返事は待たないご様子。


 ……そしてなんだかんだと一緒に行く雰囲気になってるんだけど……。


 させねぇよ?


 ここはビシッと言ってやらねばとターニャに声を掛ける。


「ターナー」


「ターニャ」


 うん? え? 何? どうして自分の名前をこのタイミングで?


 …………そう呼べってこと?


 これまた心を読まれたのではないかというタイミングで言葉を被せてきたターニャ。


 まあ呼べと言うならやぶさかではない。


「ターニャ……ちゃん?」


「……それは、どっちでも」


「ターニャさん」


「それは嫌」


 まあ、ぶっちゃけターナーがターニャだった時点で心の中ではターニャ呼びが混ざってたから、こちらとしてもどっちでもいいけど。


 なんか会話の主導権を握られているように感じるんだけど……いくらなんでも誤魔化されはしない。


 ハッキリと連れていくつもりは無いと言おう。


「ター……」


「しっ」


 またも言葉尻を潰されて、しかも今度は体を寄せてきた。


 色(?)仕掛けなんてニ十年早いぞ、いやほんとに。


 五歳やっちゅうねん。


 僕達、そういうのまだ早いと思うんだ!


 とまあ冗談はともかくとして……。


 ターニャの鼻にくっつけられた人差し指からは『静かにして』という意志が伝わってきた。


 原因は何か?


 しかしその理由はターニャの視線の先を捉えることで直ぐに分かった。


 村で見るには珍しい、潰れたカエルのような面が――――何故か家と家との間を行ったり来たりしているのが見えた。


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