第29話


「レンとデートしたい」


 そう主張するのは、幼馴染の中で一番のマイペースを誇る――ターニャ嬢である。


 栗茶色の髪は前髪が長く後ろ髪が短い、目隠しショートヘヤー。


 隠れている茶色の瞳はパッチリと大きいのだが常にジト目で、引き結んだ口と合わせて真顔につめたく見える。


 トレードマークの角材は持ち合わせていないのか、後ろに組んだ手からは見えない。


 今日の装いは、珍しいことにスカート姿。


 一見したところ中性的で綺麗な顔立ちの女の子に見えるのかもしれないが、いつもなら男の子と見間違うばかりの格好と荒々しい言動が、そうだと感じさせることはない。


 その装いの変化は気合いの現れと


 対するは、大口を開けたアホ娘ことアンと、珍しく返す言葉も無く絶句している委員長ことケニアだ。


 オデコを晒すことも厭わないちょんまげアホ毛と綺麗に編まれた三編みがそれぞれの性格を表している。


 チャノス家の小屋に集まる前に、ちょっとした女子会を開催している面々。


 場所は外周、木壁の近く。


 全員、村の東側に家がある女子一同。


 一度集まってからチャノス家の小屋に行くなんて何度もあったことだそうで……。


 その前に少し話したいことがあるからとアンとケニアを東側の木壁へと呼び出すことに成功。


 そして近場の木陰から覗く出歯亀が一人。


 俺だ。


 ……ねえ、大丈夫? この構図大丈夫?


 幼馴染の女子会を木陰から覗くという疚しさからビクビクと周りを見渡す。


 ターニャが俺をここに呼んだ理由は見張りが欲しいからで、『私の物』宣言を聞いとけ! とかではない。


 邪魔を入れたくないんだそうだ。


 下手すれば他の女子に対する牽制にも見える、今日のターニャ。


 ……おいおい、参ったな?


 もしアンやケニアが俺に気があるとするなら、ここは修羅場待った無しな展開になってしまうじゃないか。


 やれやれ。


 自分で言うのもなんだが精神年齢高めの俺。


 幼い恋心を奪っている可能性は十二分に有り得る。


 むしろ可能性しかないとも言える。


 比べられる男がヤンチャ全開盛りの七歳しかいないのだから。


 落ち着いた物腰の男の子に淡い想いを抱くのなんて水が低きに流れるが如し。


 教育実習生は輝いて見える法則だ。


 一桁年齢の女の子が将来結婚したいと思う男性一位はお父さん。


 つまり年齢高め証明終了。


 困ったなぁ。


 幼馴染女子の絆に亀裂でも生まれやしないかと心配で心配で……どうしよう、ちょっと楽しいのだが?


 少しワクワクしながら辺りの様子を伺いつつ聞き耳を立てていると、歓声が上がった。


「「えええええええええ?!」」


 はいキタ勝ちました。


「ええええ?! レン?! ターニャ? レン?! ターニャ?!」


「ええええ?! ターニャがレンと?! え? ターニャ、レンなの?」


 言葉なく頷き返すターニャに、二人は尚も声を投げ掛ける。


「「どこがいいの?!」」


 おい、イジメるのはやめろ。


 勿論詰め寄られているように見えるターニャのことであって出歯亀に対してのことではない。


 俺の精神と魂は大人なのだ、こここ子供の意見程度でぇ? ききき傷付いたりはしない…………しませんけど?!


「ええー? 意外ー。レン、全然元気無いよ? 年下だよ? 背も小さいよ? カッコよくないよ?」


「レンは面白いとは思うけど、恋人にするのは考えものね。気も弱いし、テトラにベッタリだし」


 遠慮の無い女子の評価が俺の心を抉ってくる。


 ……異世界ハーレムとか無いんだよ? 知ってた?


 幼馴染の女の子達が有能過ぎる俺のことを好き過ぎて困る……とかも無い。


 絶無。


 さすがは異世界、幻想ファンタジーが過ぎる……。


 冒険者とか……………………もうどうでもいいんじゃないかなぁ?


 俺の精神がダークサイドに傾き始めた頃合いで、女子の話の方向性が変わった。


「あー、でも凄い飛び跳ねるよねー」


 そう言い始めたのはアホ……じゃなくて、アンだった。


「跳ねる?」


「うん! こう……ササーッて登っていったもん! あれは凄いよ!」


「……? 木登りが得意ってこと? まあレンってチョロチョロするの得意だし」


 おっと、覚えていたか。あとさり気にディスるのはやめてくれない?


 アンに対する口止めや言い訳はしていない。


 する暇が無かったのと、追求されなかったことで、気にし過ぎるのも要らぬ疑惑を抱かせるだろうと思われたからだ。


 あとアホだからてっきり忘れたのかと。


 あの後の接し方も普通だったし『アホで良かったなぁ』なんて思っていたのに。


「レンとデートしたい」


 話題がマズいことになる前に、ターニャが機転を利かせてくれた。


 いじらしい姿を見せるターニャに、母性でもくすぐられたのか頭を撫で始める二人。


「うんうんうんうん! わかったわかった、わかったよ〜」


「もう! ほんと我儘なんだから! わかったわよ、あたし達がなんとかしてあげる」


 グリグリと撫でられるがままのターニャ。


 訳知り顔でお姉さんぶっている二人の姿は、中々に新鮮だ。


 もしかして女の子三人だと毎回こうなのだろうか?


 チラリとこちらに向けられたいつものジト目。


 三割増しぐらいで不機嫌そうにも見える。


 ターニャの癇癪ってこういうところから来てるんじゃないの?


 その視線に耐えられず、俺はそっと、木陰に頭を引っ込めた。


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