第25話


「今日は昼飯を食べに戻ってくるそうだ」


 ……俺はなんで小屋ここにいるんだろう?


 本日付けで外出禁止が解かれた。


 十日という期間は、年頃の両親にも長かったようで……。


 昼からコブ抜きでイチャつきたかったのか、晴れているというのに父が在宅。


「十日間、よく我慢したわね? えらい、さすがあたしの息子。外で遊びたくてしょうがなかったでしょ? ご褒美をあげる。今日はお友達とたくさん遊んできていいわ。村の外に出るのは勿論ダメだけど」


「わーい……やったー(棒)」


 無形のプレッシャーを放つ母に嫌だとは言えず、また背後に既にスタンバっていた幼馴染に肩を掴まれ、あえなくいつもの小屋に連行されたからだ。


 そんなの分かってたじゃないか……弱者は食われる、それが世の理。


 小屋ではチャノスから聞いた話でテッドが憤慨こうふんしていた。


「だからか?! 今日の昼飯がいつもより早かったのは! おかしいと思ったんだよなー。そのくせ親父は食べないし。なんだよ、ズッリぃなぁ! 自分だけ冒険者の人達とご飯食べるつもりなんだ!」


 そんなしょうもない理由で俺の逃げ道は無くなってしまったのか?


 もはや逃げることが不可能なのでは? なんて思わせる、いつもの小屋だ。


 呪いの小屋だ。


 テッド、チャノス、アン、ケニアがもうすぐ八歳だからそろそろ呪縛から解かれる筈の小屋だ……。


 いや解かれると信じてる! 諦めるな!


 テッドが連れてくるテトラはまだ二歳に成り立てで、テッドが家の手伝いを始めれば自然と来れなくなる。


 そしてターニャもケニアと連れ立っていることが多く、こちらも自然と来る回数が少なくなることは目に見えている自明の理


 この関係の自然消滅まであと少し……! それまで耐えろ、耐えるんだ俺!


 幼馴染達の大人への一歩を自然ナチュラルに祝福できる大人の見本でもある俺は、今日も今日とて大人しげなキャラを演じている。


 最近は多いターニャのジト目すら流せるようになった。


 ふとした瞬間に目が合うんだよね。


 具体的には仮面がほどけそうな時に。


 …………観察されている……だと?


 直ぐに逸らされているので気のせいの可能性もあるけど。


 この娘、以前にも増してよく分からなくなったよ。


 男じゃなくて女だったし。


 そんな色んな思惑渦巻く今日の小屋のメニューは、幼馴染達のフルコース〜テトラを抜いて〜である。


 夢も希望も無いんだよ、あるのは魔法要らない物、それぐらい。


 足をバタバタとさせて運動したい欲求を発散させているのはテッドとアンだ。


 もうお外行ってくればいいよ。


 冒険者達のスケジュールを何故か知っていたチャノスと、冒険者の冒険以外の生活が何故か知りたいケニアも、ここに至ってはソワソワしている。


 敢行しようとしているのは突撃インタビュー。


 冒険者が売店にやってくるとの情報を元に、小屋に待機している現在。


 冒険者ターゲットが売店に来店したら、ユノが小屋の扉をノックしに来てくれる手筈なんだそうで……。


 お姉さん風を吹かせて「任せて!」と安請け合いする半べそ娘が目に浮かぶ。


 ワイワイと騒がしい幼馴染達を余所に、そろそろ頃合いじゃないか? なんて思っていたらそれがフラグだったらしく。


 コンコン、と小屋の扉が静かにノックされたではないか。


 面倒だなぁ……。


 まさしく怒濤どとうと呼べる勢いで突撃していく幼馴染達の制御を思えば……憂鬱になっても仕方ないと思う。。


 冒険者に興味が無い――――なんてことはない。


 前の世界では幾多ある文献の中からそのワードをピックアップして読む本を決めるぐらいには興味を抱いていたとも。


 異世界転生、冒険者、ダンジョン、チート……。


 どれも強い魅力に輝いているのは間違いない――――のだが!


 あくまで物語を物語として楽しみたい派なのだ。


 体験したい派ではなく。


 それがこの世界に来て嫌というほど分かった。


 具体的には人生初の咽び泣きむせびなきという結果にも繋がった。


 最近の事件もそう。


 予想していなかったとはいえ……予想以上の結果を生んだ魔法。


 流れから勢いで誤魔化していたけど、めちゃくちゃ震えた。


 次は躊躇してしまいそうで……かなり怖い。


 何に躊躇するのかすら、自分でもよく分からないけれど、それは絶対に良い結果には繋がらないだろう。


 いや、次なんて無い方がいい。


 無くあって欲しい。


 しかしどうにも色々と危険なことがある世界なのは間違いがないようで……。


 だからこそ冒険者なんている訳で……。


 前の世界で抱いていた興味と今の生活、どちらが大切なのかは言うまでもないだろう。


 会わなくていいなら会わないでいいんじゃない? そういう考えになってしまう。


 いやマジで。


 恐らくは少数派な意見に属するんだろうけどさ。


 …………。


 ……………………って長いな?


 テッドが小屋を飛び出していく気配がいつまで経っても無かったので、憂い故に伏せていた顔を上げた。


 そこには冒険者話で盛り上がっている幼馴染達がいた。


 ……もしかして話に夢中でノックの音に気付かなかったとかいうオチだろうか?


 お前ら素晴らしいな?


「うおおおおお! むっちゃ楽しみだな、レン!」


「そうだね」


 その日は夕方になるまでお喋りの勢いが止まらなかったという、珍しく平和な一日だった。


 なるほど、ご褒美だな。


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