第26話


 今日がダメなら明日に賭ければいいじゃない。


 これは決して前向きな発言ではない。


 こと中世においてはシャレにならない。


 パンとお菓子のジョークすら呟けないのだから。


「いっ…………た! いたよ! すげぇ?! 本物だ! うわっ……うわっ、うわっ、うわっ?! どうする?!」


 ファンか。


 挙動不審全開のテッドが木影からチャノス家の売店を眺めている。


 ゾロゾロと揃う幼馴染いつメン、今日はテトラもいるよ。


「いたね! すごいね!」


 追従するアンは本当に凄いと思っているのかどうか……雰囲気で喋るところがあるので分からない。


 嬉しそうではあるが、幼馴染達と一緒なら大体そうなのだ。


 テッドとアンの後ろにいる他の幼馴染達も、さすがに少しドキドキしているのか楽しそうではあるが。


 ……ただ五人も連なっていると、それはもう隠れているうちに入らないと思うんだ。


 木陰から出てるしさぁ。


 甘えたがりなテトラを抱っこしてやりながら、それを一歩引いたところで眺めている。


 どうせ全員が隠れ切れていないのだから問題あるまい。


 そうなんだよ……別に一日やり過ごしたところで次の日があるんだよ……明日がくるんだよ。


 どうせ魔物なんていないんだから、さっさと帰ってくれりゃいいのに。


 テトラが自分の親指をしゃぶるのを外しながら、幼馴染共をどう宥めたものかと思案にくれる。


「……ん!」


 いやいらないから、欲しいわけじゃないから。


「よ、よよよっし! 行くぞ!」


 突き出される涎まみれの親指を避けていると、とうとうテッドが一歩を踏み出した。


 ファン心理が拗れて近付けないままが理想だったのに。


 ぞろぞろと売店へ向け進む。


 チャノスの家の売店は、両開きのドアで来店を知らせる鈴が付いているコンビニ仕様なのだが、常に開きっぱなしの扉のため意味を為していない。


 中に入ると突き当たりにカウンターが存在していて、お店の人がそこで商品のやり取りをしている。


 お店の広さは溜まり場になっている小屋の三倍ぐらいあるのだが、商品の陳列棚がカウンターの奥に存在しているため、そこまでの違いを感じない。


 カウンターにいる従業員は置いてある商品を覚えるのが最初の仕事となる。


 これに元世話役娘ユノがめちゃくちゃ愚痴を吐いていた。


 商品が奥にしかないのなら、カウンターの前はどうなっているのか?


 主にテーブルや椅子が置かれていて、簡単な食事や雑談なんかができるようになっている。


 お金を稼げるようになった子供は、暇を見つけてはここで買い食いなんかをしている。


 ……まさか小遣いというものが存在するとは思わなかったけど。


 あったなぁ……小遣いとか。


 さすがに遠い記憶過ぎてその存在に思い当たらなかった。


 お外イヤ勢とアンは貰ってなかったみたいなので気付けなくとも無理はないと思う。


 小腹が空いたからと大きな木に登ったり、裸で魚取ろうなんて思ったりするぐらいだし。


 グルリと首を回してこっちを見たターニャさんの目が怖い。


 テトラ、ターニャは別に指を欲しがってるわけじゃないから親指を突き出すのはやめなさい。


 本当に食べられちゃうから。


 入口直ぐ横のテーブルには、またもプリントを見て唸っているユノ。


 そっとしておこう。


 チラッとこちらを見て無言でプリントを寄せて来るから余計に。


 外が明るかっただけに、店内を薄暗く感じる。


 そのせいだろう。


いてっ」


 目が慣れるまでの僅かな間に、前を歩いていたターニャとぶつかってしまった。


 余所見していたせいでもある。


 ごめん。


「ん」


「あきゃ?!」


「うおっ?!」


「へあ?」


「おわっ?!」


 なんというドミノ、いや玉突き事故。


 悲鳴に本人の特色が出てるなぁ。


 きちんと一列になっていたので先頭だったテッドが弾き出される。


 っていうかなんで止まってたんだよ?


 しかもピッタリくっついて。


「ごめん、皆大丈夫?」


 テトラを降ろして皆に声を掛ける。


 弾き出されたテッド以外は倒れることもなく、手を振ったり怒ったりで大丈夫アピールが返ってくる。


 一方のテッドもニ、三歩程前に進んだというだけで転んだ訳でもない。


 しかしテッドは固まっている。


 その原因は、カウンターに体を預けて商品を注文している冒険者達だろう。


 一番に最初に目に付くのは、やはり装備した武器防具だろうか。


 使い込まれた皮の鎧、腰に吊るされた鞘、無骨な雰囲気を漂わせる剣。


 それぞれが短剣であったりナイフだったりと少しの違いはあるが、大体が似たような格好。


 村の男とは違った逞しさを見せる筋肉。


 粗野な雰囲気。


 まさにテッドの思い描いていた冒険者が、そこにはいた。


 最初は、またもファン心理でも拗らせて固まってしまったのか――と思った。


 しかしどうにも様子が違うようで……。


 直ぐにテッドが固まってしまった本当の理由に気付けた。


「なんだこのガキどもは?」


 ぞろぞろと入ってきた子供達に注目していたのだろう。


 冒険者全員がこちらを見ている。


 …………ああ、これは村長さんが会わせないようにしたのも無理ないかな……。


 ある程度の乱暴な口調に、剣呑な雰囲気…………は、仕方ないと思う。


 魔物討伐が生業の荒事稼業なんだし。


 しかしいくらなんでもこれは……。


 絶句しているのがテッドだけじゃないので、俺の感想に間違いはなさそうである。



 ――――顔が恐いのだ。



 予想の範囲を越えて。


 もう山賊じゃん。


 固まるビビるて、そりゃあ。

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