第22話


 めちゃくちゃ怒られた。


 あの後、ターニャと共に川を南下して、やって来た捜索隊に保護された。


 捜索隊のメンバーにはドゥブル爺さんと神父のおじさんが混じっていた。


 予想通り……とはいえあまり当たって欲しくなかったな、とも思う。


 村唯一の魔法使いであるドゥブル爺さんと回復魔法を使える神父のおじさんに、を見られるのは非常にマズいからだ。


 神父のおじさんは、いわゆる『魔法持ち』なのでまだ誤魔化せる可能性もあったかもしれないが、ドゥブル爺さんはダメだ。


 意外と子供好きだからなぁ……捜索隊にも進んで手を上げてくれたのだろう。


 ありがたい……ありがたいんだけど、今じゃない。


 何故ドゥブル爺さんや神父のおじさんをこんなにも警戒しているのかというと……。


 それは魔法というものが、実はその使用に痕跡を残すからだ。


 どのような痕跡が残るのかというと、紫色の陽炎もしくはオーロラのようなものが滞留して見えるのだ。


 それはもうハッキリと見える。


 そのため、魔法使い同士なら何の魔法かはともかく、魔法を使用したかどうかぐらいの判断なら直ぐについてしまう。


 俺がなのだから、ドゥブル爺さんだってその筈。


 つまり。


 ……俺の二つ目の秘密が風前の灯ということですよ。


 直前にデカい竜巻がブチ上がったというのに、何の魔法もくそもあったもんじゃない。


 痕跡まで見つけられたのなら後押しとなることは間違いない。


 ド辺境のド田舎なのだ、第三者は考えにくい。


 村は厳戒態勢で外に出ていた子供が二人。


 しかも狼の魔物に追い掛けられていたっぽいという。


 名探偵も要らない図式が出来上がる。


 一応はターニャと口裏を合わせておいたのだが……それも無駄になりそう――――と、一瞬諦めかけた。


 しかし俺にとっては都合のいいことに。


 切り株も残らない程だったという竜巻の現場に行った捜索隊の面々からは、魔法の痕跡――つまり魔力の残滓云々の話が出なかった。


 これはラッキー。


 方だったようだ。


 どういう条件なのかは分からないのだが、痕跡が残る時間というのは区々まちまちで、今回は消える時間が早かったらしい。


 気付かなかったということはあるまい。


 剥げた大地を薄っすらと広く覆っていたのだから。


 目に入らないわけがない。


 自然現象すら疑っている姿からは、とても魔法の痕跡を見つけたようには思えない。


 可能性としては提示しているみたいだが。


 しかし魔法が使われたかどうかが分からないと言うのなら、魔物のせいということにできるかもしれない。


 ここでカバーストーリーを話した。


 テッド達が村を抜け出したので引き返すように言うべく後を追ったこと。


 森で迷子になりかけていたこと。


 先に追い掛けていたターニャと会ったこと。


 狼の魔物に見つかりそうになって逃げ出したこと。


 臭いを消すために川に潜ったこと。


 エノクやマッシに変な反感を持たれても困るので、ターニャがした細工は黙っておいた。


 俺達の話を後で大人達から聞いて『あの時のあの茂みの揺れはやっぱり?!』と勝手に納得して勝手に脅えてくれれば、今後こういうことも無くなるだろうから。


 竜巻は見ていないことにした。


 ただ仲間割れというか獣同士で争っていることや、自分達はその隙を上手く突けたから逃げれた――という話を足しておいた。


 ずぶ濡れの服が功を奏したのか、大人達は信じてくれた。


 子供の足で狼から逃げ切れたという不思議も解消されたことだろう。


 まあ子供が魔法で狼をミキサーに掛けたなんて話は、そもそもが無理筋だしね。


 それでも魔法の痕跡が残っていたのなら『そんなまさか』と思われつつも怪しまれることだってあったかもしれない。


 運が向いてきている。


 本当なら、上手く隠し通した! と喜び出したいところなのだが……。


 問題点が一点。


 竜巻を起こしたと思われる魔物の存在だ。


 ターニャさんこっち見ないでくれる?


 いやたぶん追加の内容について問いたいんだと思うんだけど……俺もこうなるとは思わなかったんだって。


 そう、やはりそこは無視できない部分だ。


 ハッキリとした村への脅威なのだから。


 自然現象か魔物か。


 俺が咄嗟に追加した獣同士の争いという話で、焦点が魔物に当てられてしまったのだ。


 子供が狼相手に魔法で無双した跡(真実)と考えるよりも、別の魔物同士が縄張り争いを繰り広げた跡(騙り)と言われた方が納得がいくものだったのだろう。


 そこに空想の魔物が生まれてしまった。


 あ、もしかしてターニャさん責めてます?


 存在しない魔物、それに真剣な表情で言葉を交わす大人達。


 罪悪感から思わずゲロっちゃいそうだ。


 物理的な意味で。


 すんませんすんません!


 しかし約束通りナイショにしてくれるターニャは中々に肝が太いと思う。


 俺の嘘でこうなっているのだから、ついつい本当のことを言ってしまうのでは? と恐々としていたのだが……。


 視線を飛ばしてくることはあっても、口を開くことはなかった。


 ありがたい。


 子供心なら『何もそこまでして嘘つかなくても』なんて思うこともあるだろうに。


 何故こんな嘘をついてまで魔法を使えることを隠すのか…………。


 そんなの異常だからだ。


 これは間違いなくトップクラスの厄ネタだ。


 魔法を初めて知った時というのは……興奮したさ。


 男の子だもん。


 しかし魔法のことを知れば知る程、自分のそれが如何にかけ離れたモノなのかが分かった。


 そのトップが属性という概念。


 基本的に一人につき一属性が常識とされている魔法事情。


 別に属性以外の魔法が使えない訳じゃない。


 『水』の魔法使いが『火』の魔法を行使することだってあるそうだ。


 しかし最初からの属性が特に訓練することもなく使える子供ってどうなのか?


 属性の三つ持ち?


 天才? 鬼才? もしくは神子?


 俺だったら『異端』だと思う。


 排斥されるなり、持ち上げられるなり、対応は様々なものが考えられるけど……まず間違いなくまともな人生は送れまい。


 ちょっと勘弁して欲しい。


 だったら必要としない生活をしよう、そう考えた。


 火熾しは火熾し機を使うし、水だって井戸で汲む。


 雑草は素手で抜くし、隠れんぼで挟み撃ちに会ったのなら素直に捕まる。


 大量に汗を掻いたとしても、木陰で涼を取るさ。


 それが俺の思い描く理想の生活だから。


 本当にスローライフでいい、スローライフがいいんだ。


 だから惜しくはあるけれども『無かった』ことにした魔法。


 しかしそんな単純な世界ではないようで……。


 魔物という猛獣はいるし、魔法使いという超人はいるしで。


 使わざるを得ないことだってあるだろう。


 今回がそうだし。


 でもバレたのなら……まず間違いなく面倒な事になる。


 なら隠すでしょ? 具体的には今。


 秘密を知る人間というのは少ない方がいい。


 今のところターニャしか知り得ることのない事実なのだから、これ以上の拡散は防ぎたいと思うのが人の情ってもんだろう?


 たとえ村が不利益をこうむろうとも! ごめん! ごめんなさい! 将来働いてこの穴埋めはしますんで勘弁してください!


 そんなことを考えていたからか、ビクビクとした態度だった子供が若干一名。


 捜索隊と共に村に帰りついた。


 大人達は子供の証言を元に、これから緊急の会議を行うんだとか。


 胸に刺さる事実とは別に、帰りついたことへの安堵もあって……。


 油断した。


「こっの……バカタレが!」


「ぐっ……?!」


 特大のゲンコツが頭に降り注いできたのだ。


 父だ。


 あんた狼より強いよ。


 村の入口に大人達が集まっていたこともあって見逃してしまったが、母もいる。


 それから始まったのは衆人環視の中での説教タイムだった。


 父がこれだけ怒るのも珍しく。


 母とダブルでお説教となった。


 フォローとかないのね……そうだね、母も怒った顔してるもんね。


「なんで大人に知らせなかったんだ! なんで大声で助けを呼ばなかったんだ?!」


 どっかで聞いたような台詞で叱られる。


 すまんターニャ、そりゃ泣き出すよな、俺も泣きそうだもん。


 少し離れたところでは、ターニャが両親と感動の再会をやらかしている。


 少し太めのパパさん、ちょっと目が醒めるような美人のママさん、両者共に号泣している中で、普段通りのターニャちゃん。


 ……俺もあれがいいなぁ。


 両親の気持ちも分からなくはないので……村長さんが割って入ってくるまで、俺は大人しく説教を聞き続けた。


 最後にされたハグが、今まで生きてきた中で一番長くて強くて――――でも安心できた。


 本当に、異世界スローライフって楽じゃないよな……。


 でも嫌いでもないよ。


 そう思える一日だった。


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