第20話


 ターナーと手を繋いで森を行く。


 まずは川を目指している。


 色々と事後処理いんぺいしなければいけない身としてはグズグズしてなどいられない。


 アンに伝言を頼んできたのだ、いずれは捜索隊が来るだろう。


 差し当たり、この身を濡らす狼の血をどうにかしなければ……!


 大丈夫、ただの返り血さ。


 ……なんて主人公ムーブする五歳児は傍目に見てどう思う?


 いやおかしいだろ、どう考えても。


 そもそも台詞からして狂気なんだが? 日常に差し挟まれたら恐怖しかないんだが?


 言い訳が立つように服も体も洗っておきたい。


 ターナーへの口止めもお願いしなければならない……の、だが。


「……」


「……」


 ターナーは相変わらずダンマリで、俺も気まずくてダンマリ。


 いや言い出すの無理じゃね? 誰だよ! 空気悪くしたやつぅ?!


 説教が終わっても動こうとしなかったターナー。


 それは無言のストライキなのかこちらの事情に付き合いたくなかったからなのかは分からない。


 懇願してもダメ、平謝りしてもダメ。


 とにかく歩いてくれなかった。


 他に碌なアイデアも思い浮かばず焦っていた俺は、咄嗟に、父からよくそうされるようにターナーの手を強引に引いたら――――あっさりと付いて来てくれたけど。


 ターナーの将来が心配である。


 君、ほんと大丈夫?


 これ幸いと森を先導してるんだけど、もういいかな? と手を離すと足を止められるのだ。


 手繋ぎは必須のよう。


 ……もしかして幼児退行とかしてますか?


 だとしても無理はない残虐な事件だったけど……。


 その犯人俺なんだよね。


 道中で洗濯に使える木の実をもぎ取りつつ、川があると思われる方へと歩く。


 この実の皮の汁が汚れ落としに使えるのだ。


 水に漬けて使えばマジで魔法か?! ってぐらいによく落ちる。


 森に川が流れていることは知っている。


 父が話しているのを聞いたことがあるからだ。


 そもそも魚を釣って帰ってくることもあるわけで。


 隠そうにも隠しきれないよね、鮮度とかもあるしさ。


 話の流れで大体の位置を予想出来ているので、方角に問題はないだろう。


「……」


 問題はターナーに見られている気がするってだけ。


 なんの説明もしてないのだから、それもしょうがないことではある。


 を見られたのは二人、つまり説明が必要なのも二人。


 アンの方は……なんとか『まぐれ』ということでどうにかならんだろうか……。


 アンならイケそうな気がして困る。


 しかしターナーの方は……。


 ……こいつって何を考えてるのかイマイチ分からないとこがあるからなぁ。


 誤魔化すとしても、誤魔化されてるのかの判断が難しい。


 流れでなんとかならないかなぁ、なんて現実逃避。


 さすがにどうにもならない。


 アンもターナーも。


 いやアンの方はそこまで確定的なところを見られていないので問題は無さそうな気もする…………少なくともずっと黙っているターナーよりは。


 この沈黙が怖いよ……。


 憂鬱な気分を払拭してやろうとばかりに、視界の先に川が見えてきた。


 日差しが反射してキラキラと光る水面は――――血だらけの俺達には似合わないね。


 とことんネガティブだ。


「ここで服を洗おう」


「……」


「――と、思っています。よろしいでしょうか?」


 いや別にターナーに他意は無いのかもしれないけれど、責められているように感じてしまうのだ。


 言葉遣いも、つい改まってしまう。


 そのジト目が原因です。


 洗剤代わりの木の実を手にして服を脱ぐ。


 俺達の着ている服というのは、基本的に素材の色のままの半袖半パンだ。


 染色は贅沢品なので珍しくはない。


 テッドとチャノスは着てるけど。


 直ぐに体が大きくなるっていうのと、オシャレという概念が『村なんだから……』で掻き消されていることが原因だろう。


 村の中では部屋着、それが村の常識。


 下着もあるけど、ワンサイズ小さい短パンみたいなもので……いやトランクスだな、うん。


 こっちは着たり着なかったり、個人の自由。


 子供は面倒だからか着ていない奴が多い。


 俺は別だけど。


 上も下も脱いで、まさに一糸纏わぬ姿になって服を川に漬ける。


 子供なので恥ずかしいもクソもない。


「ほれ、ターナーも」


「……」


 未だ一人で動く様子を見せないターナー。


 やはりこれも脱がしてあげなければ脱がないというやつなのだろうか?


 仕方なしにターナーの服の裾を掴む。


「ほれ、ばんざーい」


「……」


 やはり正解だったようで。


 手繋ぎの時ほど素早く動いてはくれなかったけど、こちらを一瞥した後で、そろそろと手を上げるターナー。


 角材はいい加減離してもいいと思う。


 それにしても……なまっちろい体だな?


 ターナーは別に運動神経が悪いわけじゃないのだが、家の中での遊びを好む。


 そのせいだろうか、ふれれば折れてしまいそうな線の細さがあった。


 肌の白さがそれに拍車を掛けている。


 脱がした上着も俺の服と同じように漬け込んで、残すところは半パンだけだと、ターナーのズボンの紐に手を掛けた――――ところで。


「うん?」


 ターナーの抵抗にあった。


「なんだ? 自分で脱ぐのか?」


 無言のまま、こちらの腕を掴んでくるターナー。


 その力は決して強くなく、しかも片手なので、大した障害にはならない。


 それこそ抵抗の意思を示すだけのもの。


 なんだ? もしかしてサイズを気にしてるのだろうか? 子供のくせに?


 大丈夫、大丈夫だよ、俺も似たようなものだから。


 こちとら前の世界からの退化は希望という名で黙殺してるんだから。


 互いに未来があるって。


 そう思わなきゃ生きていけないって。


 大して強く抵抗しているわけでもないので、強行させて貰うことにした。


 どれだけ時間に余裕があるのか分からないのだ、キビキビ行動するに限る。


 ターナーの抵抗を無視してスルスルと紐を解くと、緩くなったズボンのウエスト部分を掴んで――――一気に下げた。


 下着は着けていないようで、顕になったターナーの下半身。


 大丈夫大丈夫、笑ったりしないから。


 ああ、どんなに小さくともね。


 …………ただ、あれだね? なんというか…………。


 小さいと言うには語弊があって……。



 ………………………………無い、ね?



 ……………………タ、ターナー…………………………ちゃん?


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