第19話


 結論から言うと、テッドとチャノスは――ついでにエノクとマッシも――村に帰ったらしい。


「……帰った?」


「帰した」


 森に生まれたミステリーサークルの中で、ターナーと膝を突き合わせて話し合っている。


 内容は、ターナーの冒険である。


 親が自宅にいるから今日は勉強を見て貰うという理由でケニアに振られてしまったターナーは、暇潰しがてら村を散歩していたそうだ。


 幼馴染が溜まり場へと集まるのは、基本的に昼ご飯を食べた後になる。


 午前中は割とバラバラに過ごしている幼馴染達。


 ケニアといることが多いというターナーも、ケニアの家でみっちりと一緒にお勉強をする気にはなれなかったらしい。


 散歩をしたことでお腹が減ってしまったターナー。


 小腹を満たすために木登りをすることにした。


 果実を狙って。


 しかし低い位置にある枝にことごとく実が成っていなかったため、得意の角材を利用して上の方にある実を狙おうと考えた。


(いや帰れよ)


 グラグラと揺れる枝の上で角材を振っていたターナー。あと少しで落ちそうな果実に夢中で、こそこそと木壁に集まる悪ガキ共に気付かなかった。


 果実を諦める頃になってようやく、知っている顔が下で何かやっていることに気付いた。


 結構高めの枝にいたからか、向こうもこちらに気付く様子が無い。


 何をやっているのか、こっそり覗くことにしたターナー。


 チャノスがアンに何か言っているなー、とぼんやり様子を見ていたら、悪ガキ共がおもむろに木壁を乗り越え始めるではないか。


 止めなくてはと慌てて木を降りるターナー。


 しかし時既に遅く、地面へと降りる頃にはテッド達の姿は無かった。


 泣きそうな顔で村の中央へと走っていくアンを隠れてやり過ごし、足場にしたのであろう木箱の方へ近付くターナー。


(頼まれたのは木箱の片付けだけじゃなかったのか?)


 ターナーはアンが戻ってくる前に、残っていた木箱を利用してチャノス達の後を追った。


 バカな真似を止めるために。


 おっかなびっくりに森を進む四人と一人。


 早々に帰りたがっていたのは一目にも分かったそうで、不自然に茂みを揺らしたり、先回りして角材で木に傷を付けたりして、恐怖心を煽り、自ら帰るように仕向けたターナー。


 割とあっさりと帰ることを決心した悪ガキ一同。


 心底ビビったんだろう。


 四人は抜け出した木壁の方ではなく、大人が見張りをしている正門の方へと向かったそうだ。


 それを見届けた後で、元来た道を戻るターナー。


 ロープの掛けっぱなしが気になったとかなんとか。


(そこで大人しく戻っていれば……)


 最初の違和感は、風も無いのに揺れる茂みだった。


 ハッキリ聞き取ろうと足を止めると、途端に揺れなくなる茂み。


 ターナーは不安に思った。


 まさに自分がした脅しのようではないか、と。


 不安は直ぐに的中した。


 少しでも村の近くへ行きたくて木壁の方へと身を寄せたら、まるでそちらには行かせまいと、狼が顔を出した。


 進路を塞ぐように、前から後ろから。


 咄嗟に森の方へと駆け込んだのだが、振り切れるわけもなく、狼共は一定の距離を保ってついてきた。


 いや益々と数は増えていった。


 がむしゃらに走りながら気配がする方向へと角材を振るい、闇雲に逃げ回るしか出来なかった。


 半ばパニック状態だったのだろう。


 息は上がり、足はもつれ、角材も牽制の意味を成さなくなっていく。


 しかしどういうことか、狼共が飛び掛かって来る気配が一向に無い。


 そこに希望を見い出したターナーは、体力の限界まで逃走することを決めた。


 それしかなかった。


 いつか来ると信じて、奇跡を待った。


「奇跡」


「いやレライト君だね」


 指を差されたので『ちゃうちゃう』と手を振っておいた。


 ……短文が多かったから読解に苦労したよ……最後のいるぅ?


 しかし……戻ってたのか……もしかすると入れ違いになったのかも?


 結局のところターナーを救えたんだから結果オーライだけど。


 にしてもターナーがねぇ……。


 スーパーマイペースで我が道を行くが信条のターナーがねぇ。


 まず間違いなくお手柄だ。


 あれが魔物だったのか分からないところだが、テッド達だけで太刀打ち出来たかどうかなんて、火を見るより明らかだ。


 僅かでも遅れていたら、あの窮状にテッド達が陥っていた筈。


 俺も間に合わず、骸が四つ……いや血の跡が四つ、残されるばかりとなっただろう。


 まさに値千金。


 称賛されるに相応しい。


 ほんと、大したもんだよ……。


 背中を丸めて溜め息を吐き出す。


 ホッとした。


 力が抜けた。


 気が抜けた。


 極限の緊張感だっただけに、その反動も大きく思えた。


 引き絞り過ぎた弦が切れたみたいだった。


 だとしたら、もう二度と弦なんて張り替えなくていい。


 …………あぁー、疲れた。


『帰ろう』


 そう、言うつもりだった。


 でも、ホッとして、力が抜けて、気が抜けて、張り詰めていた糸が切れてしまったからか――――


「心配した」


 気がつけば、違う言葉本心を口にしていた。


 称賛でもなく、叱責でもなく、ただ思いつくままに、言葉が重なっていく。


 止めようもなく。


「なんで直ぐに大人に知らせなかったんだ? なんで一人でついていったんだ? なんで助けを呼ばなかったんだ? 大声でチャノス達を止めればよかった。駄々を捏ねて暴れればよかった。ロープなんて放っておけばよかった。死んでたよ。間違いなく。奇跡なんかじゃない。偶々の偶然だ。怖かったよ。とんでもなく。実は今も。誰一人欠けても俺は自分を許せなかった。秘密だなんだと……」


 はえあ?!


 止め方が分からなかった勢いづく口を、衝撃が押し留めた。


 ポロポロと。


 引き結んだ口を波線に変えて、ターナーが……どこまでもマイペースで常に飄々としている、あのターナーが?!


 ポロポロと――――涙を流している。


 声も上げず、癇癪も起こさず、ただ言われるがままに、泣いている。


 あわわわわわわ?!


「あわわわわわわ?!」


 全力で自分を棚上げにして何を言ってるのやらねえ?! ほんとにねえ?!


 まだ五歳の男の子だぞ? そりゃヒーロー願望ぐらい持ってるわい?! ましてや間接的に子供達を救えてるやないかい! ターナーがいなかったらどうなってたかも分かんねぇのか?!


 なに泣かせてんの、お前は?!


 え、なにこれどうしよう?!


 真摯に向き合おうとしているのか視線を逸らさないターナーに、身も蓋もプライドすら無くなった俺は――――定番とも言える動作で応じた。


「…………ご、こめんなさい」


 この日。


 前の世界での経験を含めて初めて、


 人生で初めて、


 生まれて初めて、



 ――――土下座した。


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