第18話


 しまっ……?!


 なんで声を掛けた?! バカ野郎か俺は!


 獲物の体力を削るためになのか、付かず離れずの位置を行く狼共。


 走らされていたのであろうターナーは、知っている声に反応してしまい―――足が空回った。


 振り向いてしまったからだ。


 空回った足に体勢は崩れ、ターナーは派手に転倒してしまう。


 ああ?! くっそ、まだ遠い!


 強化された肉体からだだというのに、一息に詰められない距離にもどかしさを感じる。


 このチャンスを相手が見逃す訳がなく、狼の群れの一匹がターナーに飛び掛かった。


 一瞬後には噛み付かれて、瞬く間に物言わぬ骸へと変じる幼馴染が予想できる。


 ――――これは、俺の責任だ。


 だからこそ……をするべきじゃない。


 だ。


「ッィヤアアア――――」


「――――大声出せるじゃん、ターナー」


 木々の隙間を擦り抜ける風のように、ターナーと狼との間へと滑り込んだ。


 脳の処理出来る速度も上がっているのだろう。


 不思議な気分だった。


 ――本来なら知覚したとしても動けるとは限らない極限の世界で、楔に囚われない自由。


 そんな反則染みた妄想絵空事を実現しているという快感と困惑に理性を混ぜたような――


 木の葉の揺れも、ターナーの声も、空中に張り付けにされたような狼も、全ては幻なのではないかと思える、不思議な光景ファンタジー


 但し代償はデカい。


 不安になるほど


 テッドとチャノスが依然見つかっていないのだ。


 節約するに越したことはない。


 元の倍率へと下げる処理と同じくして、狼に向かって腕を振るう。


 全能感が抑えられ、異常なレベルへと感覚が戻っていく。


「――――アアア!」


 音が、声が、戻ってくる。


 しかし獲物へと喰らいつこうとしていた狼だけは、突然現れた俺に驚きを示す――――間も無く、その命を散らした。


 狼の首に引かれた血の線が、そのまま切断面となり血飛沫を上げたのだ。


 避けようのない血の雨に、俺もターナーも血まみれとなる。


「……ア……あ」


「よっし、落ち着けターナー。もう大丈夫だから」


 とりあえず角材は離しなさい、怖いから。


 指が白くなるほど握られた角材に、震えているターナー。


 すげぇ怖い取り合わせなんだけど……? 背にして守ってて大丈夫? ねえ大丈夫?


 一抹の不安はあるものの、まずはこちらを取り囲む狼の群れをなんとかするべきだろう。


 仲間が殺られたというのに逃げ出すこともなく遠巻きに機会を窺っている獣共。


 ある程度の犠牲を覚悟したのだろうか? 先程まではあえて逃げ道を空けて、そちらへ誘導するような陣形を取っていたというのに、今じゃ逃がさないとばかりの完全包囲だ。


 数の利を活かすつもりなのだろう。


「……チマチマやるつもりはねぇんだ、悪いな」


 未だ抜けやらぬ興奮のまま好戦的に呟くと、言葉尻と重なるように急激な風の流れが生まれた。


 中心点は俺とターナー。


 渦を巻いて空へと吹き上がる風が狼共の身動きを封じる。


 直ぐに身を伏せていても浮かび上がる程の強さとなった豪風ハリケーンが、更に周囲を切り刻みながら立ち昇った。


 ……立ち昇った。


 …………立ち昇っていく。


 ……………………立ち昇り過ぎでは?


 中心は無風で攻撃範囲に入っていないようだが……。


 安全地帯の外側は荒れ狂う風の中に斬線を撒き散らし、汎ゆる障害を有象無象の区別無く塵へと砕いていく。


 …………巨大なミキサーか何かかな?


 生き物のように攻撃範囲をくねらせ、その身を天へと届かせている様は、まさに風の龍とでも呼ぶべき有様で……かなり遠くの地からでも確認出来たことだろう。


 あわわわわわわ。


 ストップストップ! なんだこりゃ? どうしてこうなった?


 風の影響が収まった時には――――狼共の影は無く……。


 影というか木々も無く。


 というかなんにも無ぇよ、俺の周りの何もかも。


 上空から俯瞰して見たのなら、森にポッカリとした穴がハゲのように空いていることが分かる筈。


 ……ちょっと言い訳させて欲しい。


 なんというか……『土』と違い過ぎるとでも言いますか……。


 ちゃうねん。


 研ぎ澄まされた五感の検知範囲内には、ターナー以外に誰もいないことを確認している。


 一瞬とはいえブーストされた感覚でも、やはり同じ答えが出ている。


 だから大丈夫。


 いやダメだ?!


 自分を誤魔化せない?!


 これはやっちゃった! やっちまったなあ?! 僕、なんかしちゃいました?


 言えるかボケぇ! やっとるがな?! 見りゃ分かるやろ! どんな強メンタルだ?! 足ガクガクやぞ?!


 ミキサーに掛けられた狼達が粉々になりながら上空へと昇っていく様はトラウマ物だった。


 今日はお肉食べるのは無理かなぁ。


 お空が、よく見える……。


「……レン?」


 しばしの逃避に状況を忘れていたが、ターナーの声によって現実へと引き戻される。


 そうだ! そうだったよ! まだバカ共を見つけていなかった!


「ターナーごめん! 色々と言いたいことはあるかもしれないけど全部後回しで! テッドとチャノス、ついでにエノクとマッシ見なかった? ってかなんでここに?! 一緒に来たのか? すまん、とりあえず立って! 歩きながら話そう! どこへだよ?!」


「……レン、落ち着く」


「無理!」


 もう無理でしょう? キャパ越え過ぎでしょう? しっかり異世界し過ぎでしょう?!


 もしかしたら初めて銃で何かを撃った人ってのは、こんな精神状態になるのかもしれない。


 興奮しているような酷く沈み込むような……。


「落ち着く」


「あ、はい」


 ターナーに角材を頬へと押し込まれ、ようやく冷静さを取り戻せた。


 なんというパブロフ。


 普段から、ターナーが暴れ始めると周りに冷静さを求められるので、条件反射のように心が静まる。


 しかし助かった。


 もう大丈夫。


 ……もう大丈夫だ。


 だから……………………あの、どけて貰っていいですか、角材?


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