第17話


 丸太の向こう側にはロープが垂れ下がっていた。


 降りるのにはこれを使ったのだろう。


 用意周到なことで。


 もっと他に考えることとかあると思う!


 ロープを使わずに飛び降りる。


 ここからは人の目が無いのだ、時間も無いため遠慮はしない。


 着地の衝撃を殺し、そのままうつ伏せになって地面を嘗めるように観察する。


 ……ある! 僅かながら、足跡が残っている。


 しかも無数に。


 間違いなく複数人で来たのだろう。


 弾かれたように駆け出す。


 もはや一分一秒を争うかもしれないのだ、迷っている暇は無い。


 こちらに追跡の技術なんてものは無い。


 足跡のあった方向へ、なんとなくで進んでいるだけだ。


 森へのデビューは……もっとこう……果実を取りに来たりとか? 川で魚を釣ったりとか? もしくは初狩りに出たりとか? そんな田舎っぽいエピソードを混じえてだと思っていたのに……。


 初めての村外デビューが! なんの感慨も伴わず! むしろこんなに焦ってだなんて思わなかったよ?!


 そうじゃん! 俺、村の外に出るの初めてなのに?!


 くっそ! あの悪ガキ共! これ終わったらマジでシメる! 恐怖で君臨してやるわ! 今日から俺がガキ大将だわ!


 平地でもオリンピック選手がギリギリであろう速度で森の中を爆走する。


 正直、森の歩き方なんて知らない。


 結構な速度が出ているのだ、上手く避けられずに小枝や蔦が手足へとぶつかる。


 痛いが、我慢出来る範囲だ。


 まともな検証なんてやったことがなかったので、耐えられるのかなんて分からない。


 全て後回しでいいだろう。


 バカどもを、見つけてからで……!


 飛ぶように景色が流れていくが、前の世界では更に速い乗り物にも乗ったこともあるので目が慣れるのは早かった。


 戸惑っているのはむしろ能力の高さ故にだろう。


 振り出す手が、足が! 音が、匂いが!


 現時点で、前の世界すら合わせて、体験したことのない高出力高性能を誇る。


 踏み出した地面から返ってくる反応、僅かな気配すら拾う察知能力、鈍いと言える程の頑健さ。


 ……ここまでとは思わなかったなぁ。


 尚の事、だという想いが強くなる。


 ……でもバレるよな? いやアンにはもうバレてる……かも?


 詳細は知らずとも『おかしい』とは思われているだろう。


 アンに口止めをお願いして、助けてやるバカガキ共にも体を使ったお願いするとかどうだろう? ナイスなアイデアじゃないかな?


 いや……戦闘になったらが残る……他はともかくドゥブル爺さんバレる……。


 使で済むんなら、まだなんとかなる気も……しなくもなくはなくなく……うう。


 これじゃ泣く泣くですね。


 いやいやそもそも戦うことを前提にして考えてることがもうね?! そういうのよくない!


 あいつらがまだ魔物に遭遇していないというのはどうだろう?


 ボコボコにして村に連れ帰り、アンはアホだから誤魔化せる、という未来プランもあるんじゃなかろうか?


 いやむしろ有りよりの有り?


 それしかない系? うへへ。


 思考が楽な方へと逸れる逃げるのは、未だに追い付けない焦りからだろう。


 こちらの速度を考えると、既に追い抜いていてもおかしくない時間と距離。


 進む方向を間違ったか、もしくは既に……。


 考えまい考えまいとしていた事実が背中を撫でる。


 生意気なバカ共の顔が脳裏をぎる。


 ……え~い、泣いてやる! 泣いてやるし勘弁してやるから、出てきてくれテッド! チャノス!


 足を止めてしまうことの恐怖に耐えられず、めちゃくちゃに走りながらあちらこちらへと視線を飛ばす。


 極限までの集中が些細な物音すら零さず拾う。


 ――――心臓がうるせえ!


 耳にも心臓が生えてきたのではないかと勘違いするほどに血流が速い。


 更にも増した不安感を押し潰すように、五感を森へと広げていく。


 森の隅々まで意識を張り巡らさんとしたことで高まった集中力が――――その音を拾った。


 本当に小さな、風切り音。


 小動物が逃げ出す音じゃなく、風に木の枝が揺れる音でもなく、一番近いと思われるのは――――



『遊びに行くんなら人の目の届くところにしなさいね?』



 ――――人が棍棒を振るう音。


 全くだぜ、母さん!


 直角に進路変更、足場にした木の幹がひしゃげる。


 視界にはまだ捉えられない、距離があるのだ。


 しかし高性能な耳は、人の出す荒々しい息遣いの音と――――複数の獣の足音を拾っている。


 追われている?!


 複雑に絡む森の木々を縫うように進む。


 未だ聞こえてくる音が、相手が生きていると教えてくれる。


 間に合え、間に合え、間に合え、間に合え……!


 視界の端に、白い毛の動物が映った。


 狼だ。


 しかも複数。


 追い立てるようにして獲物を奥へと誘っている。


 弱々しい風切り音を響かせて、見知った顔が棍棒を振るう。


 よく知っている顔だ。


 それこそ毎日のように会っているのだから。


 しかし驚きから声が漏れる。


「タ、ターナー?!」


 なんでここに?!


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