第16話


 昼前? 昼前?!


 三十分前か? 一時間前か?


 間に合う間に合う、まだ間に合う! 間に合ってぇ?!


 売店を飛び出した俺は、その足で村の外周を回ることにした。


 もし村を抜け出したのなら何らかの痕跡が残っているとみたからだ。


 いくらなんでもド正面から村を出ていったりしないだろう。


 いやするかな? しないかな? もう分からん!


 人出が少ない時間帯を狙ったのだとしたら、その目的は人目につかないことだろう。


 本気かな? 本気で狼の魔物に子供だけで勝てるとか思ってんのかな? 呑気かな?


 目を皿のようにして悪巧みしているガキ共を探した。


 木壁の一部が壊されたり倒れされたりしているところはないか? 土台になりそうな物が近くに転がっていないか? もっと端的にバカはいねぇか?!


「あ……」


 お前アホじゃなくて?!


 教会から西側の木壁。


 この前隠れた木の下に、アンを見つけた。


 いつものアホ毛はともかくとして、表情の方は元気が無さそうに陰っている。


 暑さのせいだろうか?


 全力疾走のスピードを緩めてアンに声を掛ける。


「アン! テッドとチャノスって見なか……」


 テッド達の名前が出ただけでビクリと震えるアン。


 ……アンがテッドとチャノスの名前でビクつくのとか初めて見たよ。


 隠し事の下手な奴め。


 通り過ぎるだけのつもりだったが、急制動。


 わざとらしく息を切らしたフリをしつつアンに近づく。


 何故急にそんな演技をするのか。


 勿論、油断させるためだが?


 何気に幼馴染達の中では一番高い運動能力を誇る奴なのだ。


 その臆病さと能天気さも相まって野生動物とでも考えればいい。


 警戒を解いたところでガバッといこう。


 洗いざらい吐かせよう。


「テッド……とチャノ、ス……知らない?」


 息も絶え絶えだと演技を入れつつ近づく俺に、アンが半歩、後退る。


 勘のいい娘は嫌いだよ!


「し、知らない! あたし……あたし……あ!」


 もう半歩後退ったところで、一気に距離を詰めて素早く手首を掴んだ。


 取ったぞ!


「頼むアン! 頼む頼む! あいつら、行ったの?! どこから? どっちに?!」


 俺の大声にビクリと震えるアン。


 普段との雰囲気の違いからか、アンが怯えたように身を竦ませる。


 謝る! 後でいくらでも謝るから!


 ここに来るまで、あいつらが外に出たという痕跡は見つからなかった。


 まだ見てない外周もあるが、今は一秒が惜しい。


 正解を知っている人間がいるなら聞くに限る。


「あたし……あたし……」


「うんうんうん分かる分かる! 分かるから! 今は教えて! どこだ?! どっちだ?!」


 そういうの後でいいから!


 フルフルと全身を震わせ始めた幼馴染の女の子の手首を拘束して口を割わせている男は俺です。


 後で謝るから!


「あ……あ、そこ……」


 アンが躊躇いつつも指差したのは、周囲の木壁より丸太の背がやや低いところ。


 目測で二メートルと少しといった高さだ。


 うわ、目にしたことあるぅ。


 建物の二階ぐらいの高さだろうか?


 確かに、ここなら越えられそうとか思ったことあるなぁ。


 実行しようと思ったことは欠片もないけどね!


「あいつら……どうやって?」


 しかし痕跡が無い。


 エノクとマッシの身長なら二人が土台になってテッドとチャノスを押し上げた? いやギリギリ無理じゃないか? その後、エノクとマッシはこっちに残るんじゃチャノスの作戦に響くだろうし……。


 二人に登らせてロープでも引っ掛けたか? でも木壁に足跡も無いなんておかしいだろ。


「……こ、これ」


 力を抜いた瞬間にスルリと拘束から抜けたアンが、木の影に隠していた木箱を押し出す。


 ……アンに回収させたのか、見つからないように? 木壁の前に残ってたら疑われるから? ……バカどもが〜〜〜〜っ、なんでこういう時ばっかり知恵が回るんだ?!


 木箱の中身は空なのか、アンでもバッタンバッタンと倒すように押し進めながらなら退かせられそうだ。


 あいつらの足跡そくせきを追うのなら、再び木箱を運ぶ必要があるだろう。


 しかしこれを設置してたら時間が掛かる。


 奴らが外に行ったことは確定したのだ、もうモタモタしてられない。


 申し訳無さそうに立ち尽くすアンに伝言を頼む。


「アン、よく聞いて。今から村の中央に走って、誰でもいいからこの事を大人に伝えてくれ。怖いかもしれないけど、教会が近いからあそこがいい」


「レ……レンは、どうするの?」


「僕は追う」


 たぶん、それが手っ取り早いから。


「あ……じゃあこれ、あたしが持ってく!」


「いや、いいよアン。僕には


 木箱を押し出そうとするアンの肩に手を掛けて止めると、あいつらが乗り越えたという丸太目掛けて駆け出した。


 間に合うか?


 


 しかしであろう、もう一つの秘密がバレてしまう。


 バレるんならこっちの秘密だろうとは思っていたが……こんなバカなバレ方ってあるか?


 …………ちくしょう、あいつら〜〜〜〜!


 まだ知り合って一年と、浅い付き合いではある。


 しかし僅か一年ばかりの付き合いだろうと、知り合いの子供を見捨てるということが……どうしても出来ない。


 前の世界の倫理観が足を引っ張る。


 この村の、のほほんとした空気も一因だと思う。


 なんで魔物なんて出るんだよああファンタジーな世界だからかちくしょう?!


 苛立ちのままに足を踏み出し、丸太を蹴って垂直に駆け上がる。


 丸太のてっぺんを掴み、懸垂の要領で体を押し上げた。


 チラリと後ろを振り返れば、アホがアホ面を晒して呆けていた。


 …………パルクールみたいなもんだよ…………いや無理があるよなぁ。


 なんせ五歳なのだから。


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