第15話
ある晴れた午後の昼下がり。
「……」
テッドが家にやって来なかった。
村中に畑があるし、商家や村長宅には備蓄もある。
ということで、籠城することを決定した我が村。
このまま魔物に棲み着かれても困るので、冒険者には依頼を出したそうだが。
子供に聞かせたくなかった内容とは、魔物の話も勿論だけど、主に金の話だったのではと邪推。
辺境も辺境なのだ、出張費用的なものを含んだ依頼料は高額になっただろうし、金に目が眩んで冒険者になりたいという子供が続出しても困る、みたいな?
エノクやマッシといったお年頃二人組は『狼? 楽勝だろ?』といった態度だったし。
テッドやチャノスなんかは家業があるのに冒険者になると公言している。
過疎、待ったなしである。
未成年じゃない幼馴染グループは大人会議に参加してたけど。
そこは自己責任だと判断されたのだろう。
事実子供の年齢じゃないわけで。
それとチャノスが言うほど大人達は慌てていなかった。
魔物魔物と騒いでいるのは子供ばかり。
ここいる大人達というのは開拓村に来る前に魔物との遭遇経験があるんではなかろうか?
自宅に持ち込まれた棍棒がそれを予感させる。
刃物じゃなく棍棒っていうのがね……。
そうだね、人間じゃないもんね。
フルスイングするマミー。
唸る風切り音。
「遊びに行くんなら人の目の届くとこにしなさいね?」
「はーい」
遊びに行かせないという選択は無いのか?
再び響いた風切り音が俺を黙らせる。
大人しく外に出て、家の扉に寄り掛かってテッドを待つことにした。
今日は父も家にいるので……不思議な声が聞こえてきたら自主的に小屋の方へと行こうと思う。
いつもより村の在来人数が多い筈なのに、外に出ている人間が皆無だ。
……昼は暑いもんな。
こちらの世界にも四季があり、今は夏だ。
昼から活発に動いているのなんてテッド、チャノス、アンの
また大声出しながらダッシュで迎えに来て、「早く早く!」と追い立てられながら小屋に向かうんだろうなぁ……。
まんじりと、いつもテッドが来る道の先を眺める。
……………………今日は随分と遅い。
ズルズルと座り込みながら、意味もなく砂を掴んでは風に流していると、うつらうつらと瞼が落ち始めた。
肌に吹く風が心地良くて、声の無い空間が気持ち良くて、まるで人がいなくなってしまったような世界が…………。
――――――――ドキドキする。
……なんだ……? なんか非常に嫌な予感が……悪い予感が、する……。
魂に刻まれた経験が虫の知らせよろしく俺に不吉を告げてくる。
バクンバクンと音を立てる心臓が不必要なほど俺の不安を煽る。
不自然なことなんて何もない……いつもと変わらない一日だ……。
しかし…………そうだ、なんでテッドは来ない?
いや迎えに来ない日だってあるさ。ほら、なんか、用事が………………あいつの用事って、なんだ?
そろそろ八歳になるのに家の手伝いなぞする気皆無な悪辣放蕩の限りを尽くすあいつの……用事?
眠りにつこうとする脳に、心臓が唸りを上げて対抗する。
気にするようなことじゃない。
そういう日もあるさ……。
テッドだって、他の事をすることだってある……。
何か…………何か別の事だ…………。
何か……何を、しているのか――――いや何をやる気なのか?
不意に先日のやり取りが頭の中で弾けた。
全力で扉を開く。
「母さん! ちょっと遊びに行ってくる!」
「っ、ぇえ! そうね! いいいってらっしゃい!」
うらぁ! 夫婦間の距離が随分近いやないかい! 真っ昼間やぞ?! 目ぇ覚めたわ! ありがとう!
「気をつけて行くんだよ? 転ばないようにね?」
穏やかに手を振る父に手を振り返して家を出る。
父が上半身裸だったのは夏だからかな?
村の真ん中へと走る。
目指すは
心の中で否定の言葉を繰り返しながらも、走る速度は緩めない。
そんなバカなことはない、そこまでバカな訳がない、大丈夫きっとテトラが愚図って来るのが遅くなったとかチャノスとバカ話に興じて夢中になってるとかターナーがガチギレしてて手に負えないとかだって! きっと?!
暑さのせいではない汗をシャツに染み込ませながら、チャノス家の小屋へと辿り着く。
オラァ! 俺は子供だから遠慮なんてせん!
叩きつけるように開いた扉の向こうには――――誰もいなかった。
くそどもがあああああああ! いなくていい時には全員集合してるくせに?! なんで今日に限って一人もいないんだよおおおおおおお?!
他の村人を見掛けないことも、俺の焦りに拍車を掛けた。
テッドの家?! いやチャノスの家、いやいや売店で聞きゃあいい!
土塀に囲まれたチャノスの家は、いざという時、村人が立て籠もれるように横に広く作ってあるので確認するのが手間だ。
開いている売店でチャノスを見たかどうか聞き込んだ方が早い。
踵を返してチャノス家の塀をグルリと回り込む。
売店の前には数名の村人がいた。
人を見掛けたことで、少しばかりの冷静さが戻ってくる。
……まだ何か起こった訳ではない、杞憂に過ぎないかもしれないんだから、ここで取り乱すのは良くない。
急激にスピードを落として売店の中に入る。
隠れ鬼でもやってると思われたのか、微笑ましそうな顔で見られるだけで済んだ。
店員さん、店員さん……暇そう店員さん、あ!
「ユノお姉さん!」
「うむむ……え? あ! レンじゃない! どうしたの? お使い?」
ちょうどいいところにチョロそうな店員が!
長い髪を首の後ろ辺りで纏めた元世話役のお姉さんが、ペンを片手に帳簿のようなものを睨んでいるのを見つけた。
売店のカウンターから離れた机の上で作業しているので、まだ勉強中といったところか。
「違います。あの、僕、チャノスと約束してるんですけど……」
「チャノスと? あ、違った。……若様と?」
「小屋にいなかったから、まだ家かなって……確認してくれませんか?」
「えー? うーん、でもなー。あたしこれの間違いを見つけなくちゃならなくて……」
帳簿のような紙にザッと目を通す。
どうやら昔の簿記か何かのようだ。
従業員のテストに一役買ってるといったところか。
「こことここです」
「え?」
「こことここが計算ミスしてます。だからあの、チャノスを……」
普段ならやらない口出しだが、今は何より時間が惜しい! 早く早く!
「えー? 凄いねー、レン。そういえばケニアがレンは数を数えられるって言ってたっけ?」
「ユノお姉さん早く」
お願いだから!
「わ〜〜かったわよ、もう! せっかちなんだから。えーと、ツムノさーん! 若様って今、家にいますー?」
ユノの声掛けにカウンターの裏で商品の補充をしていた角刈りのおじさんが振り向く。
「若様? なに言ってんだ。だいぶ前に出てったじゃないか」
「いや、知りませんよ」
「あー……そういえばずっと帳簿とにらめっこしてたもんな、お前。昼前に出てったよ。テッドと――」
昼前? でもテッドと? なら最悪――――
「――エノクとマッシも一緒に」
――最悪じゃん?!
ツムノさんの話が終わる前に、俺は売店を飛び出した。
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