第9話
村の外周は木壁で囲われている。
丸太を地面にぶっ刺して作った木壁で、そこまでの耐久力は無いと思われる。
高さも不揃いで、低いところはニメートルちょいしかない。
壁の造りからも分かる通り、森に大した脅威は無い。
単なる獣避けと、小さい子を森に行かせないためのものだろう。
……子供になってみると確かに絶壁で、降りることまで考えれば登ろうなんて思わない高さだ。
壁伝いに走れば村を一周できる。
今のうちに距離を稼ごうと壁沿いの道を走っていると、切った丸太を椅子にして薪を割っている老人が道を塞いでいた。
壁際に住み着いている村の住人といえば、一人しかいない。
まあ、村の中心から遠くて不便だし、万が一を考えた時に一番危ないところなので、誰も住みたがらないのは分からなくもない。
そんな普通の村人なら嫌がる場所へと居を構えているのは、頼れる村の知恵袋、ドゥブルと呼ばれる爺さんだ。
この人だけは村でも特別枠。
村長さんだって敬意を払う。
それはこの人の持つ特異性にある。
性格が無愛想だとか、そのくせ子供好きだとかではない。
「こんにちはー」
「……」
姿が確認できるぐらいの位置で足を止めて挨拶をすると、こちらを一瞥した後で道を空けてくれた。
わざわざ作業の手を止めてくれるのは危ないと思ってくれているからだろう。
ムッツリした顔だけど。
根は良い人なんだよなぁ。
子供達には度胸試しとして使われることが多いけど。
ドゥブル爺さんはその特異な能力を活かして炭焼きをやっている。
なんせ材料は村の周りに溢れるほどあるのだから困ることがない。
うちも炭をよく分けて貰っている。
お世話になってまーす。
軽く頭を下げながら通り抜けると、ほんの僅かに頷き返すドゥブル爺さん。
俺の異世界ツンデレの初遭遇が炭焼きの爺さんだというんだから……ファンタジーってのはフィクションだよね。
しかしこちら側に逃げた理由ってのがドゥブル爺さんとの遭遇だったので、目論見は上手くいっている。
ターナーとテトラ以外はドゥブル爺さんにビビッてるので、こっちの捜索は無意識に後回しにする筈だ。
もしくは遠目で確認して回れ右が関の山だろう。
アンが特に苦手だからなぁ。
良い人なのにな、ドゥブル爺さん。
上から見た村の形は円形なので、このまま四分の一も走ってしまうと美味くない。
適当な木に登るなり土手に身を伏せるなりして隠れるのがいいか……。
もしくは村の西側にある教会へと逃げ込むのがいいだろう。
村の西側にある、ともすれば大きめの民家にしか見えない建物が教会だ。
地元民じゃなきゃ分からない隠れ家レストラン的な渋さが売りとなっている。
教会といってもシンプルな造りで、神様の像だと言われている変なキメラっぽい生き物の木彫りが部屋の中央に置かれているだけ。
木彫りを中心に長椅子が三列、三角状に設置されているが、満員になっているのを見たことがない。
基本的には爺婆の寄り合い所的な立ち位置。
管理は神父のおじさんがしている。
神父のおじさんは金髪碧眼の外人傭兵部隊出身なんじゃないのって出で立ち。
聖書よりも葉巻きが似合うミドルガイで、子供だろうと容赦ないことで有名。
畑への躾に一役買っている。
教会に逃げ込む……のは木登りしてからでいいかな。
別にビビッているわけじゃない。
こちらは各子供の特性を把握しているのだから、何も危ない橋を渡る必要もないな、って判断だ。
いやほんと。
それぞれの得意不得意を計算すれば、たとえ狭い村の中であろうと日没まで逃げ切るなんて容易いことよ。
頭脳は中年、精神子供をナメんなよ?
周りを見渡して、誰もいないことを確認してから手頃な高さの木に登る。
ちなみに所々に生えている木は、緑化や景観を重視したわけじゃなく木ノ実が成るから残しているだけだそうだ。
木に登っている俺を見つけられる可能性のあるペアは、チャノスとアンってとこだろう。
しかし両者共にドゥブル爺さんと神父のおじさんが苦手。
西側の担当からハズレることは間違いない。
なんだかんだと言い訳をするチャノス。
泣き出しそうな表情で嫌だと体現するアン。
……幼馴染達の話し合いの様子が目に浮かぶよ、ほんと。
こちらの担当はテッド……もしくは委員長ことケニア辺りに決まることだろう。
二人とも細かいところに目が行かないので木に登ってさえいれば安心。
万が一見つかっても、応援を呼んでいる間に逃げられるし。
抜かりはない。
さあ子供から本気出して逃げる大人はここだ、捕まえれると思ってんなら捕まえてみるといい!
たまには敗北を知ることも成長だよ。
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