第7話
田舎の朝は早い。
これが嘘でもなんでもなく、本当に早い。
別に目覚ましなんて掛けてないのに、自然と朝日が顔を出す時間に目が覚めるようになった。
異世界で付いた習慣だ。
起き抜けに栄養ドリンクを欲しがらなくなったのは、この世界の食生活のおかげか、もしくは体が若くなったおかげなのだろう。
好きな味だったんだけど……全く欲しく無くなった。
ともあれ飲んでいる時より調子が良いので問題は無い。
親子『川』の字になって寝ていた布団から抜け出してトイレへと向かう。
こればかりは生理現象、どこの世界だろうと変わることがない。
トイレの形式は、いわゆる
爺ちゃん婆ちゃんの家にあったのと一緒だが、ここに『汲み取り』なんてものは来ない。
じゃあどう処理するのか。
そこはそれ、ちゃんとこちらにはこちらで発展している文明がある。
魔晶石文明とでも呼ぼうか――あちらでは到底理解出来ないであろう文明を。
魔晶石とは
ただの穴であるトイレ。
放置していたら排泄物で溢れ返るであろうトイレだが、ここに土の魔晶石の粉末を一摘み。
するとどうだ、あーら不思議(棒)。
排泄物がただの土塊へと変わるじゃありませんか、うへへ。
どうなってんだ全く、息しろよ科学。
変化した土塊は穴の底に沈み込むように溶けていくので、その体積も積み上がることがないという
叫び出したい。
地球に謝れ! と。
これ一つだけであちらの世界の色んな問題が解決してしまうというのに、こちらでは日常で見掛ける極当たり前の光景だというのだから……。
世界が変わると常識も変わるんだなぁ、って思うよ。
トイレから出て水瓶から汲み取った水で手と顔を洗う。
所々に入り交じるローテクとハイテク……というかオーバーテクノロジー。
水道なんてものは無く、その日使う分の水は普通に井戸から汲み上げてここに溜めておく必要がある。
魔晶石というのはその純度や大きさによって値段が変わるらしく、うちのような農家では最低線の物にしか利用していないのだから仕方ない。
これが富豪や貴族になると水道どころか魔晶石コンロや魔晶石冷暖房といった便利グッズまで所持しているとかなんとか。
この魔晶石、土や火といったような属性が存在していて、内包される力によって効果が変わるという特性がある。
ありがち。
土水火風の四大は勿論、雷や氷なんてよく聞きそうなものから、色や輝という聞いたことのないものまで、様々な種類の物があるそうだ。
属性に貴賎無し! ――なんてことはなく、希少性という面での優劣がハッキリと付いている。
四大だけでも、火、風、水、土の順に価格差が存在していて、火は土なんて目じゃないぐらいの高さを誇る。
農家には関係の無い魔晶石ですよ、ええ。
なので、ご飯を作る時の火熾しも手動。
スイッチ一つで火が出るということもないので、早起きしないと朝ご飯の時間は遅れてしまう。
だから早起きしてまで火付けをしているって訳じゃないよ? あくまで自然と目が覚めて、仕方ないからやってあげよう的なね?
ああそうそう育ち盛りの子供が飯をせっつくなんてよくあることだよね? これもまた演技の一貫なんだよ、うん。
少しばかりの肌寒さを感じながら、家の外にある薪置き場から薪を調達して戻る。
これまた歴史を感じさせる
さて火熾しなのだが。
うちには火の魔晶石なんてとんでもねぇもんは無ぇ。
しかし火打ち機的な物が存在してるのでそれを使う。
金属で出来た定規のような形状で、取り付いたレバーを引くと排出口から火花が出るといった代物だ。
凄い便利。
昔のライターの着火部みたいなものだよ……きっと。
それにしてはめっちゃ火花出るやん、とは思うけど。
両親がまだ寝ているうちにシュコシュコやって火を付けるのが俺の日課となっている。
……いや他意は無いんだよ、ほんと。
ただ夫婦なんだもの、そりゃ色々あるよね。
子供が寝ている時間に色々……。
ああ、うん、大丈夫。
僕、子供だから分かんない。
そんなところだ。
ただ、次は是非とも妹でお願いしたい。
そんなことを思う次第です。
着けた火が消えないように、筒で空気を送り込んで火を大きくする。
枝や薪に火が移ったのならもう安心、大人しく母が起きてくるのを待つばかり。
少しすると、布団の一角がもぞもぞと動き始める。
起き上がった人物の姿は……見せられないよ!
「…………レェン……ぉあよう」
「……おはよう、母さん」
昨夜はお疲れでしたね、なーんて……。
……仕方ないねん……心が、心が大人だから! 汚れているから! 転生前の記憶があるから!
つまりは神様のせいであって俺のせいじゃない。
そう思う。
「はい、お水。タオルここに置いとくよ。服は自分で探してね。水汲みに行くから火の番よろしく」
孝行息子として甲斐甲斐しく母の世話をやいているだけであって、誤魔化したり逃げ出したりしているわけではない。
色々と拭いて欲しいなぁ、とか思ってるわけじゃないから。
決してないから。
桶を引っ掴んで家を出る。
水を汲む為に井戸場へと向かうのだ。
逃げているわけじゃない。
朝の井戸場にはチラホラとご近所さんの姿が見える。
村には他にも井戸場があるので、ここに村人全員が集まるということはない。
「おー、レン。今日も母さんの手伝いか?」
「はい。おはようございます」
「はい、おはようさん」
近所のおじさんおばさんに朝の挨拶を返しつつ、順番待ちの列へと加わる。
水瓶の水を溜める為に、しばらくはここを往復する必要がある。
水瓶がいっぱいになる頃には、母にもスイッチが入るだろう。
ここまでが俺の朝のルーティーンだ。
両親が若いって良いことばかりじゃないよなぁ……そんなことを思う五歳児です。
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