第4話


 俺には二つ、秘密がある。


 その一つが、生まれる前の……いわゆる前世の記憶ってやつがあることだ。


 まあ俺自身は全然前世とは思ってないんだけど。


 女の子の体と入れ替わったりしてないんだけど。


 この体になる前の俺は、三十歳を越える中年男性だった。


 日本という国でサラリーマンをやっていた。


 前世、というぐらいなのだから、前の世界での俺は死んだということになるのだろうか?


 しかし俺には死んだ時の記憶が無い。


 というより死んだという意識すら無いのだ。


 前の体での最後の記憶。


 それは至って平凡なものだった。


 年の瀬が近付く仕事の最終日。


 自宅アパートで自らを慰労するという寂しくも楽しい晩酌お疲れ様会をしていた。


 勿論、お一人様で。


 年末で特番ばかりのテレビを付けたまま、酔いに任せてそのままコタツで眠ってしまったのを覚えている。


 軽い風邪ぐらいならあるかもしれないが、問答無用で死ぬなんてことを心配できる状況であろうか?


 そんなんで死ぬんだったら日本でコタツは禁制品になってるわ。


 健康には人一倍気をつけていたので、突然死そっちの線は薄いと思うのだ。


 それというのも二十代の時に、健康診断で「この影なんだろなぁ?」などとお医者さまに言われて以来、年に一回か二回、自己負担で病院に検査を受けに行くようになったから。


 勿論、問題が見つかったことはない。


 休みの日は運動不足解消のために体を動かしていたし、普段から食事のバランスにも気をつけていた。


 最後の晩餐(ウケる)での晩酌も、缶ビール二本という急性アルコール中毒に陥るような量ではなかったし、眠りに落ちる寸前も、これといって体調不良を覚えるようなこともなかった。


 原因は全く分からない。


 それこそ隕石でも降ってきて皆吹っ飛んだとか、寝てる間に核戦争でも始まったとかじゃなきゃ説明がつかない。


 戸締まりはきちんとしていたし、火事や地震が起これば飛び起きる程度にはチキンハートの持ち主だった。


 本当に、寝ただけなのだ。


 本人の意識的には。


 良い気持ちになって横になり、目が覚めたら――――体が縮んでしまっていた。


 少年探偵すら驚く展開なのだ。


 凡人だった俺は泣き喚いた(赤ん坊だから)。


 今でこそ笑い話として話せるけども、当時の咽び泣きっぷりと言ったら『病気なんじゃないか?』と両親が慌てる程のものだった。


 時間が経つ程に自分がどういう状況に置かれているのかを理解したけど……納得は出来なかった(出来るかい!)。


 輪廻転生という概念を知ってはいたが、まさか体験することになろうとは……。


 しかもこういう生まれ変わりには付き物だと思っていた記憶の洗浄というかフォーマットというものが行われなかったことも、俺の混乱に拍車を掛けた。


 そりゃ記憶が無くなって欲しい訳じゃないけども、まだ夢だと言われた方が……という感じだったよ。


 しかし現実? は無情なるかな。


 五感に伝わる感覚、夢とは思えない飢えや渇き、そして幾度眠ろうともで目覚めることが無いという事実に、俺は思った。


 あー、こりゃダメだ。


 ダメなやつだ、と。


 割かし理解が早かったのは、サブカルチャーに溢れた国に住んでいたおかげなのかもしれない。


 ふふふふふ、国民性ってやつだよ。


 こういうお話を知識として網羅していた俺は、早速とばかり脳内フォルダから最適解を導き出そうとして……挫折した。


 こういう時は異世界転生知識チートを活かすのが流れ……。


 いや無理だわ。


 炭酸飲料はお金出してお店で買うものであって自ら作り上げるものじゃないから!


 生まれ変わる前に女神様に会ってお願い事されたとかも無いから?!


 俺はハブてた(赤ん坊なので)。


 ここまでが全て現実逃避。


 正直ここが夢の世界で、そこから目覚める可能性というのをまだ信じていたし、時間が解決してくれるんじゃない? と思うことで、平静を保てていた部分もある。


 しかしそこから五年も住むことになると、人や物に愛着とかも湧いてくるわけで……。


 今生の両親は勿論、この村自体にも、今では親しみを感じるようになった。


 意外とスローライフが性に合ったのだ。


 朝日と共に目覚め、生活に必要な仕事をこなし、自然の中に生きていることを実感しながら、疲れと共に眠りにつく。


 そんな日がな一日が好きだった。


 いや〜、やってみるもんだなスローライフ。


 こんなにも肌に合うとは……。


 思ってもみなかった。


 前世では常に時間を確認しなきゃ落ち着かない毎日で、『睡眠時間は短く一日の活動時間は長く』を標榜としていたから。


 パソコンの画面を見るために寝起きするロボットのような暮らしぶりだったと言えば分かるだろうか。


 当初の俺は、『やってられるかよ?! 田舎暮らしだあ? はぁん!』なんて反抗的に抱っこをイヤイヤする赤ん坊だった。


 意識が変わったのはいつからか……実は俺も判然と覚えていない。


 久しく感じることのなかった人との触れ合いを、心配そうに見つめてくる両親から感じれるようになった時からか……もしくはゆっくりと進んでいく時間の中に、焦りではなく心地良さのようなものを見つけられた時からか……。


 気付いたら、だ。


 気付いたら――不安が消えていた。


 なるようになるだろう、と思える域に達していた。


 前の体はどうなった? とか、ほんとに生まれ変わったんだろうか? とかは置いておいて。


 一先ずは――レライトとしての人生を生きてみようかな、なんて。


 そんな考えに至ったわけだ。


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