第3話
最初の失敗はオムツの交換に手を貸してしまったことだろう。
この託児所のような小屋にも、当初は纏め役というか責任者のような女性がいた。
責任者と呼んだところで、その娘もまだまだ子供の範疇。
精々が成人前の十四歳ぐらいだったと思う。
チャノスの家で雇う従業員候補か何か……だったかな?
お試し期間ではないけれど、まだ仕事を仕込む前だった未成年の娘を、都合が良いとばかりに子供の
可哀想な子羊ちゃんで間違いない。
子供の『遊ぶ』と親の『遊ばせておく』は違う。
その『相手をする』という意味では、全く異なる。
具体的には労力が。
簡単な仕事だと見習いの女性を起用したんだろうけど……子供の世話ってそんなに楽なもんじゃないから。
経験者は語るってやつでさ……。
子供は勝手に遊ぶから、お前はその監視をしててくれればいい、一人でも出来るだろ? なーんて言われたんだろうなぁ。
自信満々に引き受けた姿が目に浮かぶ。
意外と調子の良いこと言う娘だったから。
初めて小屋に来た時は……半べそかいていたけども。
抱えていたテトラも、監督役の娘も、どっちもね。
ケンカして泣き喚く子供に、つられて泣いてしまう子供、脱走するのが面白いと逃げ出す子供に、我関せずと一人遊びをする子供。
当時の小屋の様子は、中々のカオスっぷりだった。
テトラを泣き止ませようと半べそかいてたその娘を、見るに見兼ねて助けてしまったのが運の尽きだったと思う。
だって
いや出ねぇだろ、と当時はツッコんだものだ。
よっぽどテンパってたんだなぁ。
オムツの交換をしたことが無いというのも原因の一つだったのだろう。
なんでこの娘選んだんだ、チャノスの親は。
仕方ないので世話役の娘の手助けをした。
その時から、何を勘違いしたのか……テッドが俺に妹の世話を押し付けてくるようになった。
というより、これ幸いと妹の世話を投げ出すようになった。
しかしテッドとしては俺がテトラの世話を好きでやっているものだと思っているらしく、本人的には良いことでもしてる風なのが腹立つ。
テトラは可愛いよ? でもそれとこれとは別やんね?
ここに集まってくる子供というのは、まだ親の手伝いをするには若く、かつ仕事の邪魔にもなりそうな奴らばかりで……ようするに問題児どもで、親側としてもこれ幸いと面倒を纏めて管理しようって魂胆なのだろう。
当時のテトラは赤ん坊だったのだが、家での世話を命じられたテッドがチャノスとの遊びたさ故に一計を案じ、ここなら世話役もいるし家人を仕事に使える的な説得をして連れてきたんだそうだ。
お前はマジで世話役の娘に謝れ。
成人を迎えてここを卒業していった世話役の娘は、今じゃ商家の仕事を仕込まれているらしい。
村にゃ他に適切な年齢の娘もいなかったので、今度の監督者は年季の入ったばあさんでも来るんじゃないかと期待してたんだけど……。
もはやテトラのケツを拭くこともないだろうと思っていた俺の期待を余所に、新しい監督者が来る兆しは見えず、テッドは毎日のように俺を迎えに来た。
本人にとっては親切のつもりなのだろうが、マジで勘弁して欲しい。
それでお前は自由の身というのだから堪らない。
精神的にも疲れる。
アホかよと。
「れー」
可愛いかよと。
グイグイと服を引っ張ってくる天使を見ると、これも一つの幸せなのかもしれない……とか洗脳されちゃうぜ。
「おっし! 今日も冒険者ごっこしようぜ!」
「またかよ……やれやれ」
「あたしも行くぅ!」
一瞬の油断を突いて、外で遊びたい組が勢いよく小屋を飛び出して行く。
まさかの兄妹連携である。
……もしかして騙されたのだろうか?
そして残される、いつものメンバー。
お外はイヤ勢だ。
「れー」
可愛いからいいかな?
その筆頭というか、まだ一人で外を駆け回るには危ない年齢のテトラ。
「……レン、今日もお話」
前髪は長いのに後ろ髪は短いターナー。
「それよりまた計算を教えてよ!」
赤っぽい茶髪を三編みにしたケニア。
それに俺を合わせた四名で、お迎えを待つ。
まあ自分、お迎え来ないんですけどね。
親に冷遇されてるとかじゃなくて、適当な時間に自分で帰ってたら来なくなりましてん。
そんな自立精神をバリバリ見せていたせいで居残り勢の纏め役みたいになってしまったんだが。
ちなみに外で遊ぶ組のメンバーは、テッドにチャノスにアンがいつメン。
アンというのは茶髪を頭のてっぺんで纏めた女の子だ。
髪が長くないのでチョロっとアホ毛が逆立ったような髪型になっている。
性格? 見たまんまですけど?
テッドは陽気で、チャノスはクールぶってて、アンはアホ毛。
テトラは残虐無比で、ターナーは無口、ケニアはまんま委員長。
六人が六人、てんでバラバラな性格なのが分かるだろう。
しかも男三人、女三人なのでどちらかに偏るということもない。
取り纏めるとか無理だと思う。
なので小屋内を俺が、外は知らん、という風に自然となった。
外勢では、なんだかんだで面倒見が良いテッド辺りがリーダーシップを発揮しているのだろう……たぶん。
しかしまあ……来てしまった以上は仕方がない。
今日もコイツラの相手を頑張ろうじゃないかと……うん、頑張るよ。
「れー」
可愛いよ。
やる気出た。
「テトラもこう言ってることだし、お昼寝しようか?」
その方が俺も楽だし。
テトラの翻訳をカマす俺に、ケニアが委員長っぷりを発揮する。
「テトラは何も言ってないでしょ! それより、計・算! ジュウまで覚えたんだから、忘れない内に続きをしたいのよ! ……ほら、テトラもそう言ってるんじゃない?」
いやテトラが話すわけねえだろ、バカなの?
ニコニコしているテトラの手を握ってやり、顔を引っ剥がす。
いつまでも抱き着かせたままにしておくと、色々とダメになっちゃうので。
男子真面目にやってよね! と委員長が仰っているので、今日も数字の数え方を……ええ?! 数字の数え方とか教えるのぉおお? 何時間も?!
やや憂鬱な気分を顔に出してアピールしていたら、口出しを控えていたというか、希望を述べたきり喋らなかったターナーが動いた。
具体的にはベッドの方へ。
小屋の中にはベッドが二台、小さなテーブルを挟んで置いてある。
ターナーはその片方のベッドに座り、察しろとばかりにこちらを見つめてくる。
察した。
「今日はお話だって」
「もう!」
ターナーの態度にケニアが腕を組んで怒る。
不言実行のターナーは時折こういう行動に出る。
こういう時のターナーはやや頑固で、従わないと突如とした癇癪を起こすことがある。
めんどくさい性格なのだ。
付き合いが長いのでケニアにもそれが分かっているのだろう。
渋々と折れたが、怒ってますと言わんばかりのポーズはやめない。
まあ、お話には俺も賛成なので加勢したりはしないけど。
聞いてる内に寝てくれるだろうし。
テトラの靴を脱がしてベッドへと抱え上げてやる。
ターナー側のベッドにはケニアが座った。
なんだかんだで仲の良い二人だ、いつも一緒にいるし。
……デキてる?
「さて、なんの話をしようか?」
恋話?
「どうせ聞くんなら違うのがいいわ。ターナーもそれでいいでしょ?」
ケニアの問い掛けにターナーが頷く。
ターナーは早くも靴を脱いでいて、寝転びながらも聞く体勢を取っている。
「テトラは……良さそうね」
テトラなら俺の膝の上にいるぜ?
昼ご飯の後なので、既におねむなのだろう。
お気に入りの膝を枕に指を咥えて、今にも旅立たんばかり。
「じゃあ亀の背中に乗って、海の底にある
あんまりレパートリーがあるわけじゃないのだが、リクエストに応えて、うろ覚えだったから話していなかったやつを例に上げる。
昔聞かされた朧げな内容をなんとか思い出して頭の中で纏めていると、その様子を見ていたケニアが不思議そうに問い掛けてきた。
「前から思ってたんだけど……レンはそういう話を、誰から聞いてくるの?」
俺はそれに、当たり前だろ? と言わんばかりの表情と声で答えた。
「そりゃあ父さん母さんからだよ。当然」
生まれる前の、が付くけどな。
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