第2話


 開拓村というだけあって、村には色々と足りないものがある。


 まず宿が無い。


 そもそもの立地が辺境だと聞いているので、これは仕方がない事だと思う。


 それにしても人が来ないので、辺境は辺境でも頭にドが付く特別なものなのだろう。


 特別感のある地元って、嬉しくて涙が出るよね?


 そんな人の出入りが皆無に等しいド辺境だからこそ、宿泊業なんて赤字経営が見えているものを進んでやろうとする奴なんていやしない。


 じゃあ宿泊施設が必要な時はどうするのか?


 もしどうしても宿泊を必要とする誰かがいる場合は、テッドの家かチャノスの家に泊めて貰うのだ。


 何故か?


 単純に部屋数が多いせいだ。


 テッドの家は村長宅。


 だからなのか、他のどの家よりも大きな建物で、少なくとも小屋と見間違えんばかりの我が家とは違う。


 ……我が家も一応二部屋あるけどね、一応。


 しかし来客というのは大半が領主の遣いなので、村長の家に泊まるというのは別に不自然なことじゃない……と思う。


 饗応とかあるだろうしね。


 問題はその人数。


 如何にテッドの家が大きかろうと、ド辺境の田舎村にある村長宅なのだ。


 収納人数にも限界がある。


 領主の遣いに、一部屋に十人も詰めて雑魚寝してくれもないだろう。


 そんな時にお呼びが掛かるのがチャノスの家だ。


 チャノスの家は村唯一の商家。


 故に村長宅に次ぐ大きさがあるのも然ることながら、商家というだけあって本邸とは別に倉庫なんかも持っている。


 その持ち物の中に、空き家と呼んでもおかしくない小屋がある。


 普段は使うことの無い空き家だが、来客の人数が多い時は活躍する。


 そのかいあってか、常日頃からの手入れを欠かすようなことはない。


 しかし、普段は使われないのだ。


 だらかなのか……子供の秘密基地になってるというか、ていのいい託児所のようになってるというか……。


 ぶっちゃけ公然とした子供の溜まり場のようになっている。


 立地が良いのも悪かった。


 この村の村長宅は、村の入口前に位置している。


 商家であるチャノスの家の方が村の中心にあるのだ。


 商家が村の中心にあった方が、どの家からも近いので便利! という合理的な判断に基づく建築方針だそうで。


 こういう配置って大抵は村の中心に村長宅がくるようにするものだと思ってたよ。


 おかげ様で村の端に位置する我が家からの交通の便も良く……まあ便もクソも無い強制お迎え徒歩なんですけどね。


 こうして毎日のように年上に連れられて通うことになっているというわけで……。


「トホホだね……」


「なんだ? とほほってなんだ?」


「徒歩っていうのは歩くってことだよ。徒歩歩とほほっていうのはマジで歩くってことさ」


「そうか! つまり俺たち、トホホでチャノスの家に行くって言いたいんだな?」


「大体合ってる」


 しばらくテッドと一緒に歩いていると、やがてポツポツと家が増えてきた。


 やはり商家に近い方が便利なので、村の中心の方が家が多い。


 まあ、多いと言っても十軒ほど密集してるってだけなんですけどね。


 畑もあるので田舎な感じに変わりはない。


 塀で囲われた一際大きな家の――――隣りにある小屋へと足を進める。


 敷地内にある倉庫に比べると小さいが、それでも我が家ぐらいの大きさがある小屋だ。


 テッドが先んじて扉を開く。


 ノックも無ければ遠慮も無い。


 ここ君の家だっけ?


 子供って無遠慮だよなぁ……なんて思いつつ、テッドと連れ立って小屋へと入る。


 中に入ると早々に注目が集まる。


 向けられた視線にテッドが応える。


「おまたー! レン連れて来たぞー!」


 開かれた扉の向こうには、下は一歳から上は七歳までの子供が、思い思いに過ごしていた。


「やっと来たか……。遅かったな?」


「わりぃ。レンがまた親の手伝いとか言い出してよ〜」


 俺含めてほとんどの子供が茶髪に茶色い目をしている。


 例外は二人。


 話し掛けてきたのはその内の一人で、青い髪に青い目の小生意気そうな面をした男の子。


 テッドの親友で商家の倅でもあるチャノスだ。


 この二人は基本的にワンセットで見られている村の悪ガキ筆頭である。


 そしてもう一人はというと……。


「う!」


 俺が小屋に入ると、花開かんばかりの笑顔で駆け寄ってきて、感情の赴くままに抱き着いてくる女の子。


 というか幼女。


 ストロベリーブロンドの長い髪、パッチリとした大きな瞳はエメラルド翠色


 村長の娘でテッドの妹でもある、テトラ嬢だ。


 こんな可愛い娘から熱烈なハグを受けるなんて男冥利に尽きる展開……なのかもしれないが、今はただただ遠慮したい。


 そりゃ将来は美人なのかもしれないよ?


 でも今は鼻水と涎の製造機でしかない。


 見てみ?


 人型ひとがたのタオルだ! と言わんばかりに俺の服に顔を擦り付けている天使あくまを。


 嘘みたいだろ? 俺が洗うんだぜ……これ……。


「れー」


 ……まあ、可愛いから許すんだけどね? 思わずほっぺたつつきたくなるくらい可愛いんだけどね?


 ニヘラっとこちらを見て微笑むテトラに陥落して頬を突きつつき回していると、背後から伸びてきた手が肩に置かれた。


 ……来たな?


「じゃあレン。俺とチャノスは遊びに行ってくるから、テトの世話よろしくな」


「レンも来れたら来い」


 振り返れば、既に体の半分ぐらいが小屋から出ている悪ガキどもがいた。


 良い笑顔だ、悪いことしてるとは欠片も思ってない、実に良い笑顔……。


 毎回毎回、妹の世話を俺に押し付けて遊びに行くってどうなの? ねえ?


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