隠れ転生

トール

第一章 生前前世

第1話



 この世界に生まれて五年が経過した。



 空から降ってくる日差しに目を細める。


 雲一つ無い快晴だ。


 穏やかな陽気に思わず笑みが溢れる。


 家の前で大きく背を伸ばす。


 別に肩が上がらないとかではないのだが、染み付いた癖というのは早々に抜けるものじゃないらしい。


 視線を落とせば、いつもの村の風景が、そこにはあった。


 相変わらず家と家の間隔が恐ろしく広い。


 どの家も個人の畑を持っているので仕方がないのだそうだ。


 だからなのか、そこそこの広さを持つ村だが世帯数はそんなに多くない。


 人口二百人未満の開拓村、それが俺の住まい。


 名前はまだ無い。


 ……猫じゃないんだからさぁ、って思う。


 不便だし、なんでもいいから名前を付けて欲しいものだ。


 村の人はこの村のことを、まんま『村』と呼んでいる。


 他の村との区別とかどうすんだろうね?


 外部から人が来るのなんて下手したら年に一度ぐらいなので、隔絶されてるんだろうなぁとは思うけども。


 そのうち『村』に村って付いて『ムラムラ』って呼ばれないかなぁ……なんて。


 気にし過ぎであって欲しい。


 そんな牧歌的な雰囲気漂う、というよりかは田舎そのものといった我が村を眺めていたら、土剥き出しの道の向こうから、誰かがこちらに向かって走ってくるのが見えた。


 まあ誰が来るのかなんて分かってるんだけどね。


 小さな村なのだ、住んでいる村民は押しなべて顔見知りである。


「おーい! レン!」


 顔がハッキリ見えるぐらいの距離になると、そいつは声を掛けてきた。


 レン、というのは俺の愛称だ。


 正確な名前はレライトなのだが……気の所為か誰も呼んでくれる気配が無い。


 両親さえもだ。


 忘れられている訳じゃないと信じたい。


 生き生きとした満面の笑みで、手を振りながらやってきた幼馴染みに、俺も軽く手を振り返して応える。


「やあテッド。奇遇だね?」


「お、おう? キグーキグー。って、そんなことより! なんでチャノスの家に来ないんだよ! もう皆来てんのに、レンだけ来てねえから俺がわざわざ迎えに来ることになったんだぞ!」


 奇遇って言ったじゃん。


 茶色の髪を短く刈り揃えた青い目の少年、その名もテッド。


 俺の幼馴染みの一人で、村長さん家の長男坊である。


 歳は二つばかり上の、ヤンチャ盛り。


 この、俺に対する『お迎え』とやらも、誰かに命じられた訳ではなく自ら率先して手を挙げたのだろう鉄砲玉っぷり。


 傍目にも力が有り余っている。


 動き回りたくてウズウズしているのだ。


「あー……あれだ、ほら? 今日は家の手伝いがあるからさ。僕は不参加ということで……」


「今日だろ! お前いつもそう言うじゃん! おばさーん!」


 やめろバカこらこの野郎!


 子供の諍いに大人を引き出そうだなんて恥ずかしくないのか?!


 それでもほんとに子供なのか、ああん?


 これ以上はさせるものかとテッドの口を塞いだが、時既に遅く。


 抵抗虚しく背にした扉が開かれる。


「はーい。あら? レン、まだ家に居たの?」


「うん……まあ。今日は、ほら? 母さんの手伝いを……」


 家を出たと見せかけて扉の前に立ってやり過ごしていたのだが、テッドが大声を出すから家から母が出てきてしまった。


 扉から顔を覗かせた母は、二十代と呼ぶにはまだ若く、また地味な顔をしていた。


 茶髪で茶目という、この村では標準的な色合いの髪と瞳にソバカスが残る幼く地味な顔立ちは、同じ歳の娘を並べたのなら記憶に残らなさそうな印象を受ける。


 しかし印象と性格とは、必ずしも一致するものじゃないのだ。


 適当に誤魔化そうとする俺の隙きを突いて、テッドが声を上げる。


「おばさん、おはよう! 遊びに行こうと思うんだけど、レンを連れて行ってもいい?」


 いい訳がない。


「いいわよ」


 ママン……。


 そうなのだ。


 地味顔で姉と間違われんばかりに若く見える我が母は、やや強引というか『子供は斯くあるべし』という頑固な考えがあるというか……。


 要するに、子供は子供同士で遊ぶもの! と考えているようで。


 押しに弱そうな印象とは裏腹に、天気が良いなら遊びに行けと子供を家から外へと追い出す、日曜日の肝っ玉母さんなのだ。


「は〜い! じゃあレン、行こうぜ!」


「……うん、そうだね」


 故にお叱りは厳しいもので、ここで首を振るという選択肢が、俺には無かった。


 断ったのなら、肉体的にはともかく精神的にキッツいお仕置きが待っているので。


 幼馴染み故に付き合いが長いテッドがそれを知らない筈もなく。


 ニヤニヤ笑いが小憎らしい。


 家の前で捕捉されたのが失敗だった。


「いってらっしゃい」


「……いってきます」


「いってきまーす! 俺ん家じゃねぇけど!」


 にこやかに手を振って送り出す母に応えて、渋々家を後にする。


 隣りにはエネルギーが有り余っている幼馴染み。


 相反するテンションで田舎道を歩く。


 道すがら、ワクワクが抑えきれないとばかりに訊ねてくるのは、いつもの質問だ。


「なあ! 今日は何しようか? 何する?」


 マジで……やることも決まってねえのに毎日呼びに来んの、やめてくんねぇかなぁ……。


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