第12話 眠れない夜

 ベッドの横に準備した布団に、ふたり並んで転がる。

「本当にいいの、これで」

「うん、いずみちゃんの隣で寝たいから。いいの」

「それならいいけど……」

「じゃあ、電気消すよ?」

「ん」

 彩葉はふかふかのベッドで寝ればいいのに。嬉しそうに笑っている彩葉から目を逸らして、小さくいずみは呟いた。

「ん、何か言った?」

「いいや、何も。もう寝よう」

「おやすみ」

「うん、おやすみ」

 いずみは彩葉のいない方を向いて、大人しく目をつむった。こういった遊びをしてこなかったためか、心が静まらない。しかもいずみの隣に寝転がっているのは、ただの友人ではなく、恋人なのだ。本当なら何をするべきなのだろうか、などと考えては目をぱっちり開いて小さく頭を振る。眠れない。

 電気を消して数分も経たないうちに、いずみの背に彩葉の手が触れた。やっぱり彩葉もこんな状況で眠れないのだろうか、思ってからすぐにそれはかき消えた。その手が小さく震えていたのだ。

 落ち着いてからはいつもの明るい彩葉に戻っていたと思っていたが、そうでもないらしい。当たり前だ、怖いという感情はすぐに溶かせるものではないのだから。すっと身体を起こした彩葉を追って、いずみは思わず、彩葉を抱き締めた。

「――大丈夫、ずっとここにいる」

「うん……」

「離れない、怖くなんかない」

 腕の中にいる彩葉はあまりにも小さく思えた。まるで弱り切った子犬のようで、どれだけ愛を注いでも衰弱しきったままのようで。まだ乾ききっていないその髪を何度も撫でる。その小さな頭をいずみは胸の中に強く引き寄せる。どれだけそうしていたろうか。カーテンの隙間を縫って、深夜特有の青白い光が射す。

「ごめん、ごめんね……」

「彩葉が謝ることない。彩葉のせいじゃない」

 ふと、いずみの脳内にひとつ作戦が浮かんだ。こんなに彩葉を苦しめるのなら、全て自分が解決してやる。そんな気分だった。

 いずみは彩葉の肩に優しく触れ、身体を離した。彩葉は、頼りなさげに潤んだ瞳でいずみを見つめている。

「――わかった」

 いずみは静かに、この夜に波紋を広げる。その真剣な眼差しは月の光に似ていた。

「じゃあ、こうしよう」

 語る内容は、現実で実行するものではなく、どちらかといえばどこかの物語のようだった。しかしそのいずみの口調がまさに真剣そのもので、策士のようで。徐々に彩葉は元気を取り戻していった。瞳を輝かせながら、物語の先をねだっていた。

「でも、そんなことできるの?」

 彩葉はそうたずねたが、できると信じて疑っていないように見えた。いずみは眉を上げて、当たり前と言わんばかりに小さく笑う。

「だけどさ、それって……危険じゃない? いずみちゃん、怪我しちゃわない?」

「大丈夫。彩葉を守るためなんだから、ちょっとくらいなら痛くない」

「……ちょっとでもいずみちゃんが痛いのは、私は嫌だよ」

「冗談。何一つ痛くないし、怪我はしない。信じて?」

 少し心配そうな様子が残っている彩葉を無理矢理布団の中に戻す。向かい合って、顔を見合って、それから笑う。幸せをかみしめる。ふたりは大丈夫、一緒にいれば敵などひとりもない。軽く、唇を重ねて、ふたりは布団に潜る。

「今度こそおやすみ。また明日、たくさん遊ぼうね」

「ん、おやすみ」

 再び横を向いたいずみは、ひとつ、考えていた。

 今の彩葉も、こうして明るいいつも通りを演じているだけなのではないだろうか。本当は恐怖に耐えられなくて、今だって泣いてしまいたいのではないだろうか。

 後ろの気配を感じ取る。泣いてはいない、震えてもいない。ほっと息をつこうとしたとき、いずみは思い出した。ふたりで狭い風呂に入ったときに見た、彩葉の身体。それまで一緒に買い物に行ったり、ご飯を作ったり、いろんなことをしていた。楽しく微笑みあいながら、ふたりでいた。そのときには感じなかったことが、あの瞬間に全てが見えたようだった。

 真っ白で細い腕、その上部に噛み痕を見つけたのだ。痛々しい嫌な赤。

 いずみはあのとき、何も言わなかった。何を言うことだって、できなかった。ただ、それを見ていたことに彩葉が気付いたのか、さっと手で隠そうとした瞬間、いずみは無意識に彩葉を抱き締めていた。いずみにもその痛みが、その辛さが伝わってくるようだった。

「好きだよ」

 同じ台詞を、温々とした布団の中でなぞる。

「何があっても、大好きだよ」

 ぎゅっと身体を丸く縮めて眠った。

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